春田康吏アーカイブス

在宅勤務をしている医療的ケアが必要な重度身体障害者のブログです。

Category: 在宅勤務・仕事・働く・障害者雇用・就労




ストレングスファインダー(5つの強み)
最上志向
分析思考
共感性
収集心
責任感


さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0

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2010-
2002-2010
1998-2001
  • 日本漢字能力検定(漢検)3級、取得
  • 実用英語技能検定(英検)準2級、取得
  • パソコン検定試験(P検)3級、取得

関連記事:とりあえず、学校というものが終わって思うこと

※この記事は、2011年に書かれたものの加筆修正版です。

はじめに
いつ契約解除されるか分からない、仕事が無くなるかもしれない。というちょっとした不安はあるのですが、
そろそろ、在宅勤務を始めた経緯について書いてみたいと思います。

大学卒業後の進路
2008年3月に、日本福祉大学通信教育部を卒業しました。
それまでの経緯については、「とりあえず、学校というものが終わって思うこと」をお読みください。

予定通りに事が進んでいたので、2007年春頃から、卒業後の進路について考えていました。
漠然と思ったのは、「仕事がしたい。学校としての勉強は終わりにしたい」ということでした。
そして、どうすれば仕事ができるのか。
いろんな人に話を聞いて事例を集めようと思いました。

人に話を聞いたのは意味がなかった
周りの人、ほとんどに話を聞きました。
わざわざ1対1で会って、話を聞いたりということもしました。
話をしてくれた人には感謝しているのですが、
正直、有益な情報はあまり得られませんでした。
むしろ、厳しいことを言われたことの方が多かったです。

「春田くんの言う仕事とは、どういうことなのか。job? work?」
「このご時世、仕事をもらうなんて、そんな並大抵のことじゃない」
「もっと技術をつけないと!」
「親(自営)に頼ることも必要」

ごもっともな意見だと思いましたが、特別ピンときたことはありませんでした。
それから、もう何をするにせよ、
自分で考えて自分なりの道を進むしかないな。と思いました。

事務職員さんとの再会
しかしそのまま、特に何も決まらないまま、2008年を迎えてしまいました。
卒業式の数ヶ月前、たまたま日本福祉大学関係者のSNSサイト「fuxi」で、
入学したときにお世話になっていた事務員の方とやりとりする機会がありました。
今は、学生の就活支援の仕事をやっておられるということで、
何かあれば相談に乗るよ。ということでした。

僕は、長文で、思いをその事務員さんにぶつけました。

そして、基本的に障害学生もやることは同じ。ということを教わりました。

求職プロフの作成
とりあえず、求職プロフィールを作ってみてと言われて作りました。
文章表現など、何度も添削をしてくださりました。
就活のサイトを参考にしたりもしました。
ゆっくり進めていたので、その年の秋頃に出来上がりました。

あとは、これを発信するだけだけど、
やみくもに発信してもいけないから注意するようにということでした。

僕は早速、リストアップしていた企業やNPOなどにメールを送り始めました。
その企業やNPOでは、
具体的にどのようなことができるのかプラスアルファも書いて送ったりもしました。

結果は……。
良くて、丁寧なお断りの返事が来ればいい方でした。

無視されるというのが、一番つらかったです。
しかもほとんど。
障害者雇用を声高に叫んでいるところでさえ、無視されたこともありました。
それは企業、NPO問わず。

これについては、社会の厳しさを教えられたような気もします。
未だに理解できない部分もあるけど、ご縁がなかったのでしょう。

いったん、求職活動を止めることにした
そして、2009年になります。
2009年は、求職活動をお休みにして、
とよいちで「ぼくうみ」を上映する会の運営に力を注ぎました。
いったん離れて、こちらに力を注げたということは案外良かったかもしれないと、
あとから思いました。

ただ、全く何もしていなかったということはなくて、
知多地域障がい者就業・生活支援センター『ワーク』の人に会って話を聞いてもらったり、
前述のネットで発信しているものをベースに、
簡易版チラシを印刷して宣伝してもらったりしました。

福祉職の人が仕事を斡旋してくれることはない
ワークは、仕事を探してくれる機関ではありません。
対象としている障害種別もちょっと違うかなという感じだったので、
話は聞いてくれる感じでしたが特別な進展はありませんでした。(批判しているわけではありません)

簡易版チラシは、相談支援の人が保健センターや社協の掲示板に貼ってくれたりしました。
これは大きくてありがたいことです。
普通、相談支援の人は仕事に関するお手伝いはしてくれません。

初めての仕事
ぼくうみ上映会が終わって一息ついたころ、
保健センターの掲示板を見たという薬局の社長さんから、
ホームページを作ってくれないかと問い合わせがありました。
ずっと何もなかったので、まさかという感じでした。
半信半疑でしたが、しばらくメールでやりとりを続けて、
本当だということが分かりました。

そして作ったのが、

えむわん薬局
http://www.emuwan.com/
でした。

ホームページ制作経験は乏しかったのですが、全力で作りました。
ネット上でやりとりさせてもらっていた本職のウェブデザイナーさんに、
少し聞いたりして無料でアドバイスもいただきました。
感謝です。

えむわん薬局の社長さんからは、他にもできる仕事はあるよ。とおっしゃっていただきました。
他の仕事もというときに就職が決まったので、ストップしてしまいましたが、
このご縁をこれからも大切にしていきたいと思います。

駄目もとの大切さ
えむわん薬局のホームページ制作が終わったらまた仕事が無くなるので、
求職プロフィールの発信は続けていました。
あるとき、大学在籍当時、お世話になった先生のブログで、
教材の作成やチェックをする人を探しているという記事を見かけました。
勤務地は美浜と書いてありましたが、駄目もとでメールしてみました。
在宅でできないかと。

これまで通り、普通に断られると思っていました。
しかし、具体的にどのようなことができるのか。というような今までにはなかった新しい返事が、
担当の方から返ってきました。
試しに、この作業が何分でできるのか。というようなこともやってみました。

話は、とんとん拍子に進みます。
実際の業務は大学ではなく、
関連会社の株式会社エヌ・エフ・ユーが行っているということでした。
会社で会議をして、担当の方が訪問してもらえることになりました。

そこで、会社としても障害者雇用をしていきたいので、
ハローワークを通してもらえないかと言われました。

自宅面接
会社の担当の方(障害者雇用担当と実際の業務担当)2名に会いました。
何度か働く意志があるか確認されました。
今思えば、あれは面接だったのかもしれません。
僕は、普通に素直にいつもの感じで答えてました。
もちろん働く意志はあるけど、
初めてのことなので体調によりけりということを。

そして、ハローワークを通してもらえないかと言われたことで、
今まで(えむわん薬局のとき)とは違うぞ。と感じました。
でも、世の中のことをあまり知らなかったので、
面倒だなぁと思いつつ進めることにしました。
今思えば、贅沢極まりありません。

初めてのハローワーク
ハローワークを通すことで、
会社の方は、知多地域障がい者就業・生活支援センター『ワーク』に相談していました。
在宅勤務の障害者雇用はこれからというような感じだったので、
多少の不安のようなものはあったようでした。

それで手続きをするために僕自身が、
ハローワークに行って手続きをしなければいけないということになりました。
わざわざ行くのも嫌だな。と何となく思っていたら、
ハローワークの担当者が直接自宅訪問してくれることになりました。

本来、ハローワークが仕事を紹介→就職という形なので順番が逆です。
そこはあまり強調せずに、みんなで進めていきました。

ハローワークの担当の方は、以前は普通の会社で営業をしていたので、
自宅訪問することは個人的には苦ではない。
来れないのだったら、行くわというスタンスだったそうです。
しかし、自宅訪問するということを同僚に話したら、
「なんで???」と言われたそうです。
そういうところも、民間とお役所の違いなのかもしれません。

れっきとした就職です。
それで自宅で手続きをしている最中、
いろいろ障害者雇用制度について説明されて、
在宅勤務で就職するのは、この刈谷管轄内ではあなたが初めて。
もちろんそういう求人票もありません。
現状、そういう在宅勤務のことを会社に言うと、
「はぁ?意味が分からない」そういうレベルです。と言われました。

それで、
「ハローワークを通してるので、れっきとした就職です。おめでとうございます」と言われました。

奇跡は起こる。ときどきだけどね。
ここで、なんかすんごいことが起きているということに気がつきました。
気づくの遅っ!
幸運ってそういうものなのでしょうか。

それから、会社の方と雇用契約を結びました。
雇用契約を結んでから、
きちんとした履歴書を出してくれという何とも滑稽なこともしました。
有給休暇もあります。

3か月は、トライアル雇用期間というものでした。
具体的な制度内容については各自調べて下さい。
それも無事終了。

仕事内容は今のところ、オンデマンド教材のチェック(校正作業)を中心に、
福祉用具カタログの電子化をたまにやらせてもらっています。

これだけで食べてはいけないし、
税金を払えるほど稼いでいませんが、とても満足しています。
自分で稼いだお金で、物が買えたり寄付ができたりすると、
すごくうれしいです。

さらに、障害者年金と少しの貯金を合わせれば、
経済的に自力でやっていけるかな。と思っています。


関連記事:

2016年になっても、自分の中で新年が明けた感がなく、悪い意味でだらだらぼんやり、ただ単に月が変わっただけのような気がしていたが、夢の扉+を観て少しだけ目覚めた。

この記事の半分は、僕の憶測に基づいて書かれている。
そこは鵜呑みにしないように、ご容赦願いたい。



ビジネス界が注目!自称“ねたきり社長”
「日本を変えるフロントランナー」は、若き“寝たきり社長”!?
“障がいは武器になる”〜前代未聞の新ビジネスとは?
株式会社 仙拓 社長/佐藤仙務さん
今、ビジネス界で大きな注目を集める若き起業家がいる。佐藤仙務、24歳。
2015年、優れた経営者に贈られる「日本ベンチャードアワード」も受賞。
だが、彼の会社には、他にはない大きな特徴が…。
それは、“重度の障がい者だけの会社”ということ。
佐藤は、「脊髄性筋萎縮症」という10万人に1人と言われる難病のため、
動くのは、両手の親指がわずか1センチ。一日中、寝たきりの状態だ。
そんな佐藤が、同じ病気の相棒・松元と会社を立ち上げたのだ。
そして、自らを『寝たきり社長』と名乗り、ビジネス界で攻勢をかけていく。

働きたくても働く機会がない、働けても賃金が低い…。
こうした障がい者雇用の現状に風穴を開けようと、最新のIT技術を駆使して
新たな仕事を作りだしていく佐藤。そして今、障がい者だからこそできる仕事=
『障がいを武器にした前代未聞のビジネス』に乗り出した!
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/archives/20160117.html


いつか仙拓という会社については、きちんと書きたいとは思っていた。
テレビに出ると聞けば、たぶんほぼ全部録画して観ている。
本も何年か前に図書館に無かったので、中古で入手して読んだ。(新品で買えよというツッコミは、あるでしょう)



名刺も作ってもらったりしている。(もちろん、正規の料金を払った)



ここまで書くと、ファンかと思われるかもしれないが、ファンとは少し違う。
ウォッチャーと言う方が近いかもしれない。

もしも僕が彼と同年代で、仕事がなかったとしたら激しく嫉妬していたであろう。
それはそれは鬱々とし、夜な夜な藁人形に釘をブッ刺していただろう。
現実にそう思う障害者も世の中にはいるのかもしれない。

幸運にも今のところ僕はそうではないということで、佐藤社長については興味深く見させてもらっている。

「選択と集中」という戦略がある。意味についてはここでは書かないが、
僕は経営を勉強していた頃、選択と集中が好きだった。
しかし数年前くらいから、今の時代、スモールスタートでいいからどんどんいろんなことにチャレンジをした方が、リスクヘッジできるのではないだろうかと思うようになっている。
そういった意味で、どんどんいろんなことに手を出していく仙拓は面白い。
次は何をやるんだろう、次は何を仕掛けるんだろうという面白さが彼らにはある。
褒めてばかりいるのも何なので一つ言わせてもらうとすれば、
主軸が始めの名刺作成事業で、大ヒット製品やサービスはまだ生まれていないのでは?と思っている。
中の人ではないので単なる憶測だが。

仙拓のお二人には、いつかお会いしたいと思っていた。
幸運にも地域が同じで、関係している人たちもかぶっているところがあるので、
特別な努力をしなくてもいつか会えるだろうとは思っていた。

去年、海辺の交流会を開いたときに、何と松元副社長が来てくれた。
どういうきっかけだったか忘れたが、Facebookの友人だったので、
駄目もとでお誘いしてみたら少しの時間来てくれたのである。
なかなか公には聞けない話も聞けて楽しかった。

そして意図しないところで、1ヶ月後くらいに、
小規模なプライベートな場所で佐藤社長にお目にかかったのである。
わりと僕の近いところでつながっていたのである。
テレビで見たままの寝たきりぶりだった。
ただ、有名人特有の異常にオーラがあるとか、エネルギーに満ちあふれているという感じではなかった。寝たきりの人がエネルギーに満ちあふれていたら変な感じだが。
いたって普通の人という印象だった。
いろんな人と付き合っていく中でコミュニケーション能力が培われていったんだろうなという印象を受けた。

夢の扉+を観ていて思ったのだが、さらに知っている方たちが多く出演していた。
カウンセラーの前田真規さんは、5年前くらいにTwitterで知り合い、たまにご飯に行ったりLINEする仲だ。
大橋 稔先生は、仙拓のピアカウンセリング事業のオープンキャンパスに参加したときに質問させていただいたことがある。
どこかのYouTubeにログが載っているのかもしれないが、自分が出ているのはあまり観たくない(笑)
最後の山田昭義さんは、業界では有名人でびっくりした。
最初に本を読んだときに、AJUの人だろうなというのはすぐに分かった。
しかし創設者と言ってもいい山田さんからとは。(笑)

こんなにたくさん実際に知り合いが出たテレビ番組も今までなかったので、
なぜ僕が出ていないのだろう?と疑問に思うくらいであった。

山田さんはテレビでは良さげな人を装っていたが、僕は、山田さんが叱る人、きつい人ということはずっと前から知っていて、僕は叱られるのは基本嫌いなので、
同じ場所にいたこともあるが、目を合わさず存在を消すようにしている。
そういった意味では、僕は軟弱障害者なんだろう。

あの本を読めば分かるが一番「ざわっと」する部分で、そこをずっとスルーしていくのかなと思っていたので、
とりあえず一区切りついて良かったのでは。と僕は思う。

両者の思いが透けて見える緊張感がある場面でしたが、
仙拓にはさらなる高みに行ってもらいたいし、山田さんは一時代を築いた歴史に残る人でもあると思うので晩節を汚さないようにしてもらいたい。

お前が言うなって話ですが。

日本福祉大学の部活紹介の動画をすべてではありませんが作っています。
東海キャンパスにある大画面で観られるそうです。
始め、作ってくれと言われたときは、動画作成自体したことなかったので無理や〜と思っていたのですが、
簡単なところからiMovieとムービーメーカーを駆使して作っていってます。
それで、素人レベルでは扱えるようになりました。
そんな素人動画を巨大画面で流すって、ある種の羞恥プレイと思わなくもないのですが…。

作成者でありながら、どんなふうに流れてるのかまだ実物を観れていないことがなんですが、
東海キャンパスにお越しの際は、ご覧になってみてください。

メモ的なものです。

一般就労 (障害者雇用促進法)
法定雇用率分は、障害者を雇わないといけませんよ。となっている(義務雇用制度)

雇うことができない場合は、不足人数 × 月5万円を支払います。
↑最低賃金で雇うよりも、こちらの方が安上がり。
ちなみにこのお金は、国に罰金として支払うわけではない。

5万円は、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構という厚生労働省の天下り団体のようなところにいく。

そこから障害者を一生懸命雇用した会社へ助成金が出る。
この助成金の財源は雇うことができない会社から徴収したものなので、すべての会社が真面目に障害者を雇用した場合、このシステムは崩壊する。
それなのにマスコミや国は、障害者雇用率が上がることはいいことと公式的には言っている。

最低賃金減額特例制度
障害があって最低賃金分、働けないよね。となった場合、申請をすれば最低賃金より給料を減らすことができる制度。


福祉的就労
障害者総合支援法がベースになっていて、働いているのではあるが、
国の立場から言えば、働いているのではなく、障害者福祉のサービスを受けている。

よって、最低賃金も適用されない。


一般就労と福祉的就労の中間くらい
特例子会社
障害者を雇うために作る子会社。
本来、親会社と子会社は別々に雇用率を計算するが、特例子会社は親会社と合わせて雇用率の計算ができる。
よって、特例子会社で障害者をたくさん雇えば親会社の雇用率も達成したことになる。
地域の中で健常者も障害者も一緒に。という発想とは真逆。

障害者にとっても特例子会社に就職できれば満足で、そこから力をつけて親会社にいこうという人はなかなかいない。
特例子会社自身もそんなこと考えていない。

就労支援事業A型
A型は、雇用契約も結びなさいというもの。福祉の利用者でもあり、労働者でもある。
最低賃金も保障されるが、最低賃金減額特例制度が立ちはだかる。

私が書いた記事一覧です。

来年くらいから、異動になるっぽい。
在宅勤務なので勤務地は変わらないけど、主な仕事内容が変わるようだ。
教育デザイン研究室では、主にeラーニングのコンテンツ作成や校正をやってきた。
文字起こし、スライド作成、独自ソフトQ-toolによるタイミング付け、さらにイラストレーターまで基礎的なことだが覚えることができた。
またそれに合わせて、無料でいろんな講義を聴けた(お金ももらえて)ということは勉強にもなってうれしかった。
異動先は、東海キャンパス。来年オープンする。
看護学部も新設される新しいところ。
最先端?の場所で仕事ができるのは、ワクワクする反面、教材作りをする部署ではないとのことなので、事務作業が中心になるらしい。
果たして、自分に合うかどうかという不安もある。

きっかけは、直属の上司が東海キャンパスに異動になるので、僕も一緒に連れていくということからだった。
僕がどうしても教材作りを中心に仕事がしたいということだったら残れるようにするということもあるようなことだったが、
入ってからずっと面倒みてきてもらっていたのと、何よりこの上司のもとでは縛られることなく、自由に仕事をさせてもらえていたので、残るという可能性は自分の中では低くなっていた。

そして、一緒に仕事したいしね。とも言ってくださった。

僕の仕事人生の中で、「異動」なんてことがあるなんて思ってもみなかったが、
次のステージ、ネクストステージに行けるのだとしたら、チャレンジしてみる価値はあるのかもしれない。

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ひっそりと書きたいときは、ぐぐたすでもいいのかなと。

福祉作業所等、就労支援を中心とした福祉サービスを利用している障害者の約99%が、
障害手当等の公的支援を含めても年収200万円以下だったことがアンケート調査で
わかったそうです(福祉作業所等、就労支援を中心とした、福祉サービスを利用している障がい者、約1万人対象。)http://atarimae.jp/blog/022/2012/11/post-9.html

99%というのはすごいけど、まあそんなものだと思います。

僕も働いてはいますけど、年金と合わせても年収200万いきません。残念ながら。
イレギュラーの仕事が入ってきて、まとまったお金がきたとしても、もう一声。といった感じです。
働いているとは言え、稼ぎで考えたら一生結婚できんわ。と思ったこともありますが、それは別と考えるようにしています。

身体を無視して働ければ、仕事はあるっぽいのでいくかもしれませんが、やっぱ厳しいかなと思います。

毎月入ってくるお金、全部使ったりはしていないので貯金はありますが、補助が出ない事柄に出くわすと、
どばっと、まとまって消えていきます。

担任の先生ではありませんでしたが、中学1年の頃、校内でのトイレ介助をしてくれたり、
その後、体調を崩したときなど、メールで数学のアドバイス等を頂いたりしていた先生がいました。

その先生から、去年末(2011年・冬)にメールが来ました。

久しぶりすぎて、正直、思い出すのに時間がかかりました。(すみません。。。)

進路だよりに僕のことを載せたい旨でした。
時間が経ちまして、許可も得ましたので、ここにその文章を転載しておきます。

とても良く書いてあるので、実際の春田さんとは少し違うかもしれませんが…。

尚、書いてある情報は2011年当時のものです。
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社会的・職業的自立に向けて
       教頭 犬飼和夫
 「トライやる・ウィーク」というものをご存じでしょうか。これは兵庫県で行われているもので、中学2年生が地域で職場体験、福祉体験活動などを行い、働くことの意義、楽しさを実感したり、社会の一員としての自覚を高めるようにする取組です。今ではほとんどの学校でこのような就業体験活動はおこなわれるようになっていますが、平成10年度に兵庫県で始められた当時は先進的な取組であり、しかも2週間という長さでしたので、大変注目を集めていたものでした
 愛知県では「自らを高めること」と「社会に役立つこと」を基本的視点とした「あいちの人間像」の実現に向けて「あいちの教育に関するアクションプラン」を策定し平成19年度から取り組んできました。現在は平成23年度からの「アクションプラン供廚鮑定し、目標達成に向けてさまざまな取組が行われているところです。
 その重点目標の一つが「発達段階に応じたキャリア教育を充実します。」というものです。
 本校においては、生徒の働くことへの意識を向上させ、職業観、勤労観を育てるため、今年度は就労の準備体験として「ぷれジョブ」を中学部3年で、企業等との連携協力によって「長期間現場実習」を高等部において実施してきました。
 平成26年には愛知県で技能五輪全国大会・アビリンピック全国大会が行われることになっています。先月11月始めにはそれに向けて、技能について県民の皆さんに広く知っていただく「あいち技能プラザ2011」が開催されました。そこでは名古屋盲学校の理療科の生徒による「癒しのマッサージ」が行われました。企業関係者にも盲学校での理療教育を理解していただき、就労へとつなげていきたいと考えています。
少し前ですが、平成19年に文部科学省等との協議のうえ、厚生労働省から「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」という通知が出されています。これには視覚障害者の職域の現状、視覚障害者の職業能力開発の状況、就労支援に係る情報等が示され、各都道府県担当者へ視覚障害者の的確な支援をするよう指示しています。
 それまでは視覚障害者の雇用支援についての具体的な指示が国としてほとんどされてこなかったことを思えば、この通知は行政関係機関の理解を深めるためには画期的なものであったと思います。
 このように見てみると、キャリア教育の充実にともなう就業体験活動や視覚障害者の雇用を取り巻く状況など、少しずつではありますが改善されてきているように思われます。
さて、ヘレンケラーの言葉に次のようなものがあります。
While they were saying among themselves it cannot be done, it was done.(できるはずがない、と言い合っているうちに物事は成し遂げられている。)
 この言葉を強く思ったのは、最近になって私が以前の学校でかかわった生徒の卒業後を知ったときでした。
 彼が中学部に入学してきたときは、肢体不自由で車いすを使っていました。上肢も不自由でしたが指先は動かせましたので電動車いすを使っていました。在学中に体調が悪くなり、入退院を繰り返していました。そして気管切開をして人工呼吸器を使うようになりました。そのため医療的ケアが必要でたんの吸引を行うようになりました。
 彼が自宅で訪問教育を受けるようになってからは、直接かかわることがなくなりましたが、メールで数学の質問に答えたりすることがありました。
それだけ重度の障害でしたので、生きることがまず大切だと誰もが思っていました。中学部の頃は進学や就業については誰も具体的なことは考えることができない状況だったと思います。
 最近、インターネットで調べものをしていたところ、十数年ぶりに偶然彼のホームページを発見したのです。
現在の彼の状況は、電動車いすを使い、気管切開をして、夜間から午前中、疲れたときなどは、人工呼吸器を着けています。必要に応じて酸素吸入をしています。この状態は、私が知っている以前と大きく変わっていませんでした。しかし、そのほかは全く予想外でした。彼は養護学校を卒業後、大学に進学し立派に卒業して、現在は在宅勤務で仕事をしていたのです。
 私ができるはずがないと思っているうちに、彼はやり遂げていたのです。
彼のホームページの中で、在宅勤務をするようになった経緯が紹介されていますが、その中の彼の言葉に次のようなものがあります。
 「自分で考えて自分なりの道を進むしかない」
 私ができるはずがないと思っているうちに、彼の強い決意と行動力で自分の道を切り開いていったのでした。
 視覚障害者に関して周囲の状況は少しずつ改善されているにしても、自分なりの道を進むことができるよう、努力していくことが大切であることを思いましたし、学校としても一人一人の可能性を信じて、できるはずがないという先入観を持たないようにしなければならないと教えられました。
 最後に、彼から承諾をいただきましたので紹介させていただきます。名前は春田康吏(はるたやすし)さん。ホームページアドレスは http://harutayasushi.net/ です。名前で検索してもすぐにわかると思います。ぜひ彼の活躍ぶりを御覧ください。

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