昭和末期生まれの資料室

告知、求人、各種参考資料、アーカイブス

カテゴリ: 文章資料

ナゴヤドームに行きたい?
〜本人の思いを尊重するためには〜
知多地域障害者支援センターらいふ
http://www.aikouen.jp/wp-content/uploads/2018/12/raihu.pdf

働きだしてからの気づき
〜K.Tさんのエンパワメントを考える〜
就職トレーニングセンター
http://www.aikouen.jp/wp-content/uploads/2018/12/syuutore.pdf

その人らしさに寄り添う
〜小川看護師との関わりを通して〜
介護老人保健施設 相生
http://www.aikouen.jp/wp-content/uploads/2018/12/aioi.pdf


参考リンク:たかおねっと https://takaonet.jp/
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第3回「障害者ってなんだ?」 – 春田康吏のラボラトリー
https://bungeiweb.net/haruta/2017/10/27/45
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私は障害者向けのデリヘル嬢
大森 みゆき
ブックマン社
2005-12



題名がリアル過ぎるので、ずっと電子書籍化を待っていて、ようやくガラパゴスストアで読めた。

これを読んでデリヘルが利用したくなるかなと思っていたが、全くの逆だった。

この著者特有なのかそうでないのか分からないが、そこまで深く考えていて体力的にもしんどいんだと思ったら、

そりゃやってられないよな。と思った。

そしてこの本を読む限り、お店・お客側も含めて、登場人物全員どこかしら病んでいるような気もした。

そして、介護・医療業界!

男性利用者のちんカスはきちんと洗い落とそう!



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障害者の「自立生活」と生活の資源―多様で個別なその世界

田中 恵美子 生活書院 2009-07
売り上げランキング : 1319747
by ヨメレバ

読む前から期待はしていなかったが、

その少ない期待以下でもあった。

調査年が2004年頃と支援費制度前後のことということが関係している。

よって、これから自立生活を考えている障害者の役には立たない。

障害者福祉の制度や時代背景を知るのには役に立つ。

意外と、周りとの関係が少ない人だったり、

相談ごとはあまり他人にはしないという言葉が目立った。

自立は、依存先を増やすこと

http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/56/jyoho56_interview.htm

熊谷先生はこう言ったのだが、

それとは真逆だった。

この本が役に立たないということは、

裏を返せば、変わってきているということでもある。

障害者福祉が進歩しているのか。

はたまた、後退しているのか。



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欠損バー『ブッシュドノエル』の片腕アイドル・琴音ちゃんがパネラーとして呼ばれた「障害者の性」を語る会

http://tablo.jp/culture/idol/news002527.html

熊谷先生を脳性麻痺の太ったおじさん、熊篠さんを脳性麻痺の痩せたおじさんと言い、




一体何が悲しくて3000円も払って土曜日の朝からおっさん二人のチンポ事情を聞かされなければならないのでしょうか。これは何かの罰なのでしょうか。




と書く、琴音ちゃん愛に溢れている人の記事、新年早々、笑わせてもらいました。

しかし、公開セクハラは良くないですねぇ。



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障害者のリアル×東大生のリアル

「障害者のリアルに迫る」東大ゼミ ぶどう社 2016-08-10
売り上げランキング : 92185













by ヨメレバ


さまざまな障害者の話を聞いて、東大生がどう感じたかを読めるのがなかなか面白い。


おそらく、ゼミの課題として東大生にレポート作文を提出させたものと思われるが、
一部に、かっこつけて書いたような文章が見受けられた。


内容や企画的に障害関係の出版を得意とするぶどう社からでなくて大手出版社からでもいいような気もした。


余談になるが、



サービス等利用計画書の自由記述欄に使われているキーワードで最も多いのは、「安定」と「継続」だという。


(中略)


しかし、若い障害者は「安定」と「継続」だけでいいのだろうか。



以上の記述があって、これは笑えた。


着目して調べた人もすごいと思うが、果たして僕の計画書には・・・と思い調べてみると、


ばっちり入ってました。(笑)


安定も継続も。まぁ、安定が継続していくことに否定はしないけどね。


どうしたって安定が継続していくことってなかなかないから。



障害者のリアル×東大生のリアル

障害者のリアル×東大生のリアル




 



 


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結論から言ってしまえば、「分からない」です。

医療的ケアを受ける方は、重心のお子さんが中心になっているように思います。

こうしてほしい、これはイヤだと思っていても、言葉として相手に自分の意思を伝えられない方になります。

介助をする方は、どう思っているか、どう感じているかを言葉として知りたくなります。

そこで、今のところ言葉として意思を伝えられる僕に質問がきて、代弁者としての役割を求められるわけですが、

いつまで経っても分からないです。

障害に限らず、あなたはあなたで、あなたは私ではない。という思いが自分の中に根付いているので、

そうなってしまいます。

たまに、講演やシンポジウムのお知らせで、医療的ケアを受ける当事者さんが名を連ねてることがあります。

たいていの場合、上記のことを求められると思うので、どう答えてるんだろう。と思います。

嫌な言い方になりますが、今後は、そのことを上手く言えた人が求められる存在になるんじゃないかな。と思います。

でもそういう人こそ、胡散臭いと僕は思いますけど。

ここで終わると元も子もないので、ヒント的に言えば・・・

1.気管切開しろ。とは言いませんが、できるだけその人に近づいてみるという手があります。

鼻と口からの吸引なら、看護師等の立ち会いのもと、実際にみんなでしてみる。

これは提案とかではなくて、実際にあります。



2.知りたい人と多くの時間を共有する

たくさんの時間を共有すると分かることってあります。学校の場合、難しいでしょうが。



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障害者に限らないことかもしれませんが、この世の中や人生をより良く生きていくための一つの方法として、

自分の応援団を増やしていく

ということが挙げられるのではないでしょうか。

人付き合いが苦手だったり、つながりをたくさん持つのが煩わしい人もいたり、またそう思うときもあります。

無理にする必要はないと思いますが、自分を応援してくれる人、手伝ってくれる人というのを増やしておくという意識は大切なんじゃないかなと思います。

それは、相手(応援団)が仕事としての関わりだとしてもです。

そう思ったのは、数年前に相談支援の人が、「春田さんの応援団が前よりどんどん増えてきましたね」と言われたことからでした。

あたしは、ひまわりのお母さんなのにできないことがいっぱいあります。でも、できるように自分で頑張ります。でも、それでもできなかったら手伝ってもらいます。できないこといっぱいあるけど、みんなに手伝ってもらいます。みんな、一緒。

だいすき!! [DVD]



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去年は非公式なものでしたが、今年は職員研修という公式になり、人数も倍以上でした。




講師とか書いてあって、びびりました。

原稿を読んでもらったあと、質疑応答→控え室→質疑応答という流れ。




1時間半くらい。

帰ってきたら、ちょっと疲れました。水分はとってたけど熱中症に近い感じでした。

あまりしゃべらない春田にしては、よくしゃべったなと思います。

調子に乗り過ぎて、人工呼吸器のスイッチのオンオフは家電を入れるようなもの。と失言してしまいました。

あとで、ヘルパーさんに、はるたさん、炊飯器入れる感覚とは違いますよ、と言われちゃいました(笑)





養護学校の先生は日頃、自分の意思をしっかり伝えることができない医療的ケアが必要な重心のお子さんを相手にしておられるので、

その子たちの代弁者的な役割を僕に求めておられるようでした。

難しいな。というのが本音です。

代弁者になれない理由は書けますが、代弁者についてはまだ分かりません。これについてはまたそのうちブログにでも書きますかな。

でも結構、切実に訴えておられるので、いつか言えるようになるのかしら。。。

誰か言える人がいたら連絡下さい。

質疑応答のなかで出た夏フェスのレポート

http://haruta.blog.jp/archives/51723241.html

ちなみに、去年(2011年)のお話

http://haruta.blog.jp/archives/51728873.html




(以下、原稿です)

こんにちは。大府市から来ました春田 康吏です。

今日は、医療的ケア、たんの吸引をしてもらっている立場からのお話をしたいと思います。

息が続かないので、代読してもらいます。

私は、1996年12月1日に、気管切開をしました。

そして、1998年から、夜から午前中にかけて、人工呼吸器を使っています。

体が、疲れたときなども、自分の判断で呼吸器を使っています。

その頃から、多くの人に、たんの吸引をしてもらってきました。

今日、お話することは、あくまで、私が思っていること、感じていることです。

大きく分けて、3つのお話をします。

1つ目は、医療的ケアの基本的な考え方

2つ目は、私が考える理想の支援やケア

3つ目は、周りとの連携の大切さ

です。

それでは、1つ目のお話です。

さきほど、多くの人に、たんの吸引をしてもらってきたと申し上げました。

医師、看護師、家族、理学療法士、マッサージ師、知り合い、友達、ボランティア、

ヘルパーと、数えきれないくらいになりました。

ここにいる榎本先生も、そのうちの一人です。

なぜ、これほど大勢の人に、たんの吸引をしてもらわなければいけなかったのでしょうか。

たんの吸引と言っても、日常生活を送る上での、たんの吸引です。

病院で、医師や看護師がおこなう、医療ばりばりの吸引、

治療的な意味がある、たんの吸引とは、少し違います。

例えば、肺炎になって入院したとき、肺炎になると、なかなか、たんが上がってきません。

そうなると、カテーテルを、かなり奥まで入れる必要があります。

生活場面での、たんの吸引は、そこまでする必要はありません。



ふつうの介助や支援と同じように、ひとりひとり、違うと思います。

とりあえず奥まで突っ込んで、引けてても何でも、少し引っ込めたところで吸う方がいいという人もいますし、

少しずつ奥へ入れていく方がいいという人もいるかもしれません。

正解は無いように思います。

医療的な吸引でさえ、昔と今とでは、やり方が違ってきています。

たんがある場所や、たんの性質も、その人、その人によってクセがあると思います。

何が言いたいのかと言うと、医療的ケア、たんの吸引は、個別性に対応する必要があると、

私は考えています。

オーダーメイドがいいと思います。

2つ目のお話です。

私が思う理想の支援やケアは、なにかというところを話してみます。

たんの吸引ということで言えば、短時間で、たんがスッキリとれる。ということです。

たんがとれるということは、呼吸が、しやすくなるということです。

それを、理想とします。

では、どうすれば、その理想に近づけるのか。

それは、多くの経験と思いです。

とにかく数をこなすことと、どうすればスッキリとれるか。

それを考えていくことです。

数をこなすというのは、一人の人に対してです。

私の場合、現実的に一番多く回数をこなしている人が、上手くなっています。

さて、ここで、最悪な状態についても考えてみましょう。

最悪なのは、たんが詰まって、息ができなくなる。ということです。

しかし、そうなったからといって、いちがいには、支援が悪いということは言えません。

さきほど申し上げた、多くの経験が必要だからです。

最悪な状態にならないようにするために、注意しておくべきことは、いくつかあります。

単純に、一般的な吸引の方法の学習をする、

家族や病院、自治体の担当者と連携をとっておく。

日々、変わっていく情報や、たんの吸引を受ける人の状態を把握しておく。

これは言うまでもないことです。

大事なのは、いつもとは違う。

いつもとは、なにかが違う。ということに気がつく。

これが、大事だと思っています。

具体的には、医療的ケアを受ける、本人の顔色だったり、様子だったり。

また、たんの吸引器、機械自体が故障している、

たとえ故障していなくても、

なにかの加減(かげん)で、設定が変わってしまった。ということも起こってきます。

消毒のために、消毒液を吸ったとき、なんか、いつもとは吸い方が違う。

吸い方が、いつもより弱い。

こういうことは、頻繁(ひんぱん)には起こりませんが、

いつもとは違う、それに気がつくということが、大切になってきます。

気がつかなければ、なかなか、たんは、いつものように取れず、おかしい状態が続きます。

そういうときは、本人にばかり、目がいくでしょう。

3つ目のお話です。

医療的ケアは、ありとあらゆる人とできるだけ連携を取ってください。

私は、制度上の理由で、2007年から、ようやくヘルパーさんに、たんの吸引をしてもらえるようになりました。

始めるにあたっては、家族、病院、大府市の相談支援や福祉課の方と多く話し合いをもちました。

周りの人と気づいたこと、不安なことを共有してください。

周りの人というのは、同僚の先生だったり、看護師さんだったり、保護者の方だったり、自治体の関係者だったりです。

インターネット上で、つながるというのも良いことだと思います。

それにより、医療的ケアの質が良くなっていくと信じています。

絶対に、一人では抱え込まないでください。



最後に、

医療的ケアを、学校の先生がするというのは、まだ始まったばかりです。

始まってもいないかもしれません。制度も、あいまいでしょう。

そもそも、医療的ケアは、学校の先生の本来の業務ではありません。

仕事が増えるだけです。練習もしなくてはいけないし、児童・生徒の命にも関わってきます。

そんなに大変なことを、なぜ、学校の先生がしなければいけないのでしょうか。

それを考えてみてください。

これから、医療的ケアを必要とする人は、増えていくでしょう。

私は、自分も含めて医療的ケアを受ける人たちが、快適に、生活の幅が広がること、人生の質が高まることを期待しています。

医療的ケアは、目的ではありません。

人生をより豊かにするための手段です。

ご清聴、ありがとうございました。



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