(旧)春田康吏のブログ

在宅勤務をしている医療的ケアが必要な重度身体障害者のブログです。

Tag:コミュニケーション

(2010年9月9日に書かれたのはここから)
最近、身体を起きた状態(車いすに座った状態)になると、
声が前より出にくい。
横になっている状態の方が出る。

起きていると、カニューレの隙間から、プスプスと空気が漏れる感じだ。
カフ圧が足りないのか?
今、使ってるカニューレ、前からそうなんだけど、なぜかカフがなかなか入らない。
入れても、しゅっと凹む。
交換してもそんな感じなので、壊れているわけでもなさそうだ。

最近のカニューレ交換は、すごくスムーズである。
出血もほとんどないし、すっと入る。
しかし、声が出にくいときが多くなった。
出血があったり、カニューレ交換に苦労していたときの方が、
声はまあスムーズに出た。

明らかに、QOL(生活の質)の低下である。

カニューレタイプの変更も視野に入るのだろうか?

さらに理想を言えば、普通の一般的な声が出る状態だけども、
まあそれは無理として、
前みたいな、声が出る状態はキープしたい。

今は、起きている状態でのコミュニケーションは、
難儀している。


というか、この状態で今週末、おそらく、いろいろと話さなければいけない用事があるので、
とても憂鬱である。
(2010年9月9日に書かれたのはここまで)


【後日談】
耳鼻科受診して、スピーチカニューレについて聞いてみたところ、
「あなたの場合、唾液のたれ込みが激しいから肺炎になるリスクが高まる」と言われ、断念した。


その後、Y字ガーゼをしっかり下まで入れて(下から上に入れる人もいる)隙間を閉じるようにぎゅっとやって、
紐もきつめに閉めて、カニューレを固定させれば、声が出やすいことには気がついた。


日常生活を送るぶんには問題ないが、たとえば外の雑踏や、
人がたくさんいるレストランやカフェでコミュニケーションをとるには、自分の中で最高の状態で出ていたとしても、声が小さく、なかなか相手に伝わりづらい。
その場合、相手の聞き取り能力や相性が強く出るように思う。


カフについては、抜いた方が空気が上にいきやすくなって、声が出やすいとのことだが、
まだその効果は自分では分かっていない。

今までずっと意識してこなかったんだけど、
最近、似たような話題、データが蓄積されはじめて気づいたことなんだけど、

老若男女問わず、

「はるたさん、面白い!」と言われてるときが一番幸福、一番自分が乗っているときのような気がする。

自分が言ったことに対して、誰かが笑ってるというのも同じ。

いつも笑わせるつもりで言ったことではなかったりするので、
意図的にそういう空気を作り出すことができないのが、とても残念。

また、Aさんにはウケた言葉が、Bさんには全くウケないということもある。

思えば、小中学生のときも、周りの同級生が笑ってくれてるのが、とてもうれしかったように思う。
※バカにした笑いではないですよ。

それが、中学の終わり頃から高校、大学で、
大人、親世代の人たちとばかり付き合うことになって、
全く笑いを生み出せなくなっていた。
さすがに、先生と呼ばれる人や親世代の人となると、冗談も自粛するし、
何となく、まじめな話にばかり向いていってしまう。

こんなんじゃないのにな。というのは、ずっと思っていた。

でも最近、付き合う人の平均年齢が下がってきた、自分の年齢に近くなってきたためか、
なんとなくではあるが、かつての自分を取り戻しつつあるように思う。

だんだん、小中学生のときみたいに楽しくコミュニケーションがとれるようになってきた。
(あぁ、親世代の人たちとは前と同じくでしょうが。)

それで年に数回レベルなんですが、「はるたさん、おもしろい」とか言われるようになって、そう言われると、
尻尾を振って喜んでる自分がいることに気がついた。

去年、好きな人に言われたときもめちゃくちゃうれしかったし、
男性から言われてもうれしかったし、
笑いにうるさい大阪人から言われたのもうれしかったし、
美人さんから言われたのは、たまらなくうれしかった。

でも、笑わせようと意図を持って言ったことではなかったりするので、なかなか再現ができないのが悔しい。

なので、
注意点として、
これで、はるたは面白いというラベルをつけるのは止めてください。

基本、人見知りで真面目なので、この人は冗談が通じるか、僕の言うことが分かってくれるかどうか、ちょっとずつ見極めてたりするので。

また、笑いのツボは人それぞれ違いますしね。

第4回のときは、辛口コメントをブログに書き、
第5回のときは、精神的に病んでいてブログに書く気力も無く、愚痴を書き連ね、

そして、
第6回なわけですが。

フラットな気持ち(平静)で見れたような気がします。

一つ一つの感想は書かないですけど、

実践発表①(13:10〜13:20)
「実践教室と総合学習を通して伝えたいこと」


これが一番印象に残った。
僕が小学生の頃は、「福祉実践教室」や「総合学習」などというものはなかったので、
新聞の小さな記事で見る程度だった。

そして、正直、胡散臭く思っていた。

こんなものは、その場限りで終わるんじゃないだろうか。
子どもたちが、車いすで「遊んで」終わりになるんじゃないだろうか。

ずっとそう思っていた。

しかし、少なくとも、発表者が行ってる教室は、そうではなかった。
車いすを操作するときの「声かけ」だったり、
一番驚いたのは、言語障害のある方の声を聞き取る。介助者は伝えない。
そういうことをする。

これは、すごい。

分かるまで聞こうとする気持ちを育むということは、とても大事なことだと思うから。
またそういう人が増えてくると、僕も含め、声が聞きとりづらい人、自分の意思をすぐに伝えられない人が、
とっても住みやすい社会になると思う。

総評で、皿井先生も似たようなことをおっしゃっていて、良かったと思った。

さらに、個人的に付け加えるならば、
障害を持つ人自身も、伝えたいことがあるならば、きちんと分かってもらえるまで話さないといけないなと。
きちんと伝わらないと肉体的にも精神的にも疲れるので、まぁいいや。と思ったり、
無視されたり分かったふりをされると怖いので、言わなかったりすることが、いつもではないけどあるので、
そこは、無理はしない方がいいと思うけど、要努力かもしれない。

「それでも言わんとあかんねん。」と教育テレビの玉木さんも前に言っていた。

あとは、いつもよりいろんな人に声をかけられて、有り難くて、めまぐるしかったなと思う。
偉い人も多かったし。

プレゼンの技術も年々向上してるし、年を追うごとにレベルアップしているから、
発表者はプレッシャーがどんどんかかっていくだろうな。

ただ一つ思うのは、出てくる障害種別が、身体障害か知的障害(自閉症)が多いこと。
だから事例も、毎年似てるなぁっていうのは思う。

精神障害(うつ病や統合失調症)とかも気になってるんだけど、そんなに支援してないのかなぁ。
http://www15.ocn.ne.jp/~aikouen/jissennhappyou6.pdf
日時:2011年2月12日(土) 13:00〜16:00
場所:〒478−0047 愛知県知多市緑町5−1( TEL 0562−33−3600)
知多市勤労文化会館 やまももホール 定員240名 (参加費無料)
主催:社会福祉法人愛光園、ひかりのさとの会
発表内容
メインテーマ 『 地域と 〜 連携・交流・支援 〜 』
※各発表時間は 10 分。質疑応答は 3 題終了毎に 10 分間行います。
実践発表①(13:10〜13:20)
「実践教室と総合学習を通して伝えたいこと」
○障がい者福祉支援事業部 ひかりのさとのぞみの家 / 長坂俊治・神谷有花
実践発表②(13:20〜13:30)
「“私らしく働きたい”〜ファームから会社で働くことを目指して〜」
○障がい者福祉支援事業部 ひかりのさとファーム / 田中幸弘・田口絢子
実践発表③(13:30〜13:40)
「地域交流〜施設の社会化を目指して〜」
○高齢者保健福祉事業部 介護老人保健施設相生 / 中戸洋行・小島蘭
実践発表④(14:00〜14:10)
「Re:cycle で Re:smile 〜ECO で繋がる地域の輪〜」
○障がい者福祉支援事業部 障がい者活動センター愛光園 / 丹羽緑・青山和雄
実践発表⑤(14:10〜14:20)
「法人内における障がいのある人の雇用-1.8%から抜けだせ 共に働く法人をめざして-」
○療育・相談支援事業部 ワーク / 丹下靖・鈴木慶子
実践発表⑥(14:20〜14:30)
「ショートステイの役割〜家族支援機能と地域支援機能〜」
○障がい者福祉支援事業部 まどか / 荒川碧・深谷和香
実践発表⑦(14:50〜15:00)
「『ぼくの気持ち、わかってよ』〜コミュニケーションのめばえ〜」
○療育・相談支援事業部 大府市発達支援センターおひさま / 西川いづみ
実践発表⑧(15:00〜15:10)
「特性理解にもとづく自閉症の方への支援」
○障がい者福祉支援事業部 愛光園地域居住サポートセンター / 奥田将之
実践発表⑨(15:10〜15:20)
「地域との交流〜8 年の軌跡と新たな一歩〜」
○高齢者保健福祉事業部 認知症グループホームもくせいの家 / 碓井祥也
まとめと講評
上田 晴男 氏(当法人スーパーバイザー)
※展示※
各グループ、事業所の日常を紹介するパネル
利用者の皆様による作品、商品等

漫画、ドラマ共に、「モテキ」は良かったなと。
いまさらながら思う。

作者が女性で、男性主人公というところも良かったのかもしれないけど、
全部が全部ではないが、あぁ、これ分かるわぁ。って思うことが多々あった。
それだけ藤本君みたいに?自分に非モテ要素があるのだろうか。

作者曰く、
「モテキ」はモテる為の成功法則書では一切ありません。気をつけて!「いかに幸せが指の隙間から砂のように零れ落ちるか」を描いてます。

だそうだ。

確かに、明らかに、なぜそうなる!?という場面は多いとは思いました。

でも結構、コミュニケーションの部分で参考になる部分もあったりはします。
モテキ (1) (イブニングKC)

モテキDVD-BOX (5枚組)

限界を決めるな、可能性を信じろっ
http://haruta.ldblog.jp/archives/51488152.html

ほぼ日刊イトイ新聞 - 愛と言うにはちょっと足りない。
http://www.1101.com/moteki/index.html

僕は、気管切開をしているので一般的には声が出ません。
でもかろうじて、出ることは出ます。
しかし、すべての人に聞き取りやすい声かというと、そうではなくて。

脳性まひの方の聞き取りにくい状態とは違って、
音量が極めて小さい。
そんな状態です。
そりゃ、上がってくる空気の量が減るわけですからそうなんですけど。

昔から、言葉が伝わらないもどかしさを感じる場面は多々あります。
それによって、まあいいや。とあきらめたり、
別に緊急的なことではないからと、コミュニケーションを断っている側面はあります。

前に比べたら、だいぶん成長はした方だと思いますが、

相手が聴く態度がある人ならいいのですが、
聞く態度のない人、流そうとしてる人は、一気に気持ちが冷めていきます。


話すことが、コミュニケーションの唯一の方法ではありません。
表情であったり、しぐさだったり、そういうのも重要かもしれません。

でももうちょっと、楽しくコミュニケーションがとれたらな。とは思ったりもします。

特に、外に行くと、開放されているので、
室内にいるときより格段に僕の声は、かき消されます。

外や雑踏の中で、室内のときのようにコミュニケーションとれたらなと思っています。

最近、思うのは、会話の相手が視覚に障害のある人だったら、
どうすりゃいいんだ、こりゃ……と思っています。
さっき書いた、表情も、しぐさも、意味がないものになってしまうんじゃないかと・・・・・。
すべては、音。
声ってわけで。


ウィンブル2
http://blogs.yahoo.co.jp/yositako52/32556282.html

100%ではないけど、人と会って何を話したのかっていうのは、割に覚えているタイプです。
自分が、好意を感じている相手(男女問わず)なら尚更です。
相手が、
私は、○○が好き。 ××が嫌い。
そういう好き嫌いのことは覚えやすいです。

そして相手からも、「はるたさん、前に○○って言ってたじゃん」と言われることが多かったので、

そういうことは、記憶力が良いとか悪いとかではなく、誰でも当たり前のことと思っていたのですが、
どうもそうではなさそうということに気がつきました。

それは、
「はるたくんって、私が言ったこと、よく覚えてるよね」と言われたり、

たて続けに、前に話したときと全く同じ質問を2つも連続魔法のごとくされたり……
同じ質問をされるということは、
あぁ、この人は、全く僕のことは興味ないんだ……とネガティブ思考に入りつつもあり・・・。

ある程度、仲が良いのなら、それ、前にも言ったよ。って言えるけど、
そんな間柄でもなく、
淡々と前回と同じ回答をして、相手も初めて聞いたかのようにうなずくという、デジャビュ。。。

1回会って、その後、数年間ブランクがあって、また会うっていうのなら、
さすがにいろんなこと忘れてるんですけど、

1年以内に好意を持っている人から同じ質問されると萎えます。

あ、別に、この記事は、僕と会うときは注意するようにという勧告ではないです。

まぁ、考えすぎなんでしょうけど。

今をクヨクヨすることはないんじゃないですか。
無駄な抵抗はやめよう、ということです。
長い目で見て、ぼちぼちやろうよ。
英語で言えば”Take it easy”(福岡伸一)

「聞き上手」になるのではなく、
ただただ聞く意識を持つ(糸井重里)

「存在するものは合理的である」(ヘーゲル)
存在するからには、必ず何か理由があって存在しているということですね。
たとえばライブドアにしても、いろんな意見を言われつつ巨大になり、
そのあと紆余曲折を経て、結局は落ち着くところに落ち着きましたよね。
つまり、最後までつぶれなかったわけですから、
やはりお客様にとって必要な商品やサービスを
きちんと提供できていたんだということになるわけです。(池上彰)
25歳の補習授業―学校で教わらなかったこれからいちばん大切なこと

↑このページのトップヘ