春田康吏アーカイブス

在宅勤務をしている医療的ケアが必要な重度身体障害者のブログです。

Tag:人工呼吸器

新しい人も増えてきましたので、たまにはいろいろとバックナンバーを出していこうかと思います。

2005年〜2006年にかけて行った人工呼吸器LTV950への移行日記です。
前の機種は忘れました。BiPAPって書いてあったような気もしたけど。

September 28, 2005
今日、病院で宣告された。重大な病気の宣告とかでは無いんだけども、新しい呼吸器への移行。
今年の12月で部品など製造中止になるから壊れても直せないとのこと。
去年、移行しようとして失敗したやつだ。
入院日に右ひざ折ったりして散々だったやつ。
来年くらいには一度やろうと思っていたので、あぁ来たか。といった感じだけど、去年失敗しているだけにまた新しいものが発売されたと言うけど、合うのかどうかトラウマになっている。
今度は、別の事故を起こさないように気をつけて、人も信頼できる人に協力を得て万全な体制でやりたいけど、結局は合うか合わんかの話であって、不安は残る。 今朝、冷えたためか右腕の痛みが激しい。よくなりかけたと思ったのに。。。


March 15, 2006
入院1日目
病院からの更新。やっぱり、最初からぴったり合うことは無く、違和感満載。あーでもない、こーでもない、あちらが立てば、こちらが立たず、一昨年やった時よりはいいと思うけど駄目だ。とりあえずこの設定で寝てみようということになったけど、寝れるか分からない。


March 16, 2006
2日目
朝起きたら、指先の痺れ。二酸化炭素を吐きすぎた感じ。強くて短いことに気がつく。前の機械にしてみたら、弱くて長い穏やかな流れ。それに近づけることに…………多少、音も穏やかにはなった。今日、これからどうなるか。少し空気が足りない気がしないでもない。


March 17, 2006
3日目
朝方、苦しい夢を見る。前の機械に戻す。やはり空気が足りない感じ。いろいろ質疑応答させてもらう。呼吸回数を多くするとニ酸化炭素が出やすくなり、痺れが出るらしい。でも今まで結構な呼吸回数してたみたいなので一気に減らすと不安感。昨日より少し呼吸回数も増やして空気の量も多くしてもらって寝ることに。


March 18, 2006
4日目 ? 退院
毎朝起きると、不安が押し寄せる。今回は少しはいいかなと思い、朝食をとるために起きると、猛烈な偏頭痛。箸を持つ右手も少しの間、痺れが続く。痺れは前ほどではないけど……偏頭痛は連日の疲れだろう。痺れはニ酸化炭素の抜けすぎという結論に。呼吸回数と吸気時間の関係。先生に設定できる範囲を決めてもらって、家で調節することに。業者さんが機械を持ってきて、月曜から再開予定。


March 20, 2006

やっぱり身体が悪くないときは家にいたほうが落ち着く。帰ってきて、ちょっと精気が出てきた。病院にいるときは、ほんと病気でも無いのにぐったりしていた。調節の疲れもあるんだろうけど、かわいい看護婦さんを見つける気にもならない。というのは冗談として、夕方。業者さんが新しい呼吸器を持ってくる。少し痺れが出ていたので、回数1つ落として吸気時間を伸ばして今日は寝ることに。 回数 24 吸気 1.1 圧 20。この3つを変えて合わせる。


March 21, 2006
初自宅。
夜、どうも寝つきが悪い。痰もよく出て気になって困った。圧が強いから?あと、機械自体の音が前より大きいことに気がつく。アラームもちょっとしたことですぐ鳴るし、病院用の呼吸器といった感じ。個人的には、ここまで求めていないので音がうるさいのは嫌だなと思う。肝心の設定は、朝起きたときは気持ち痺れがあるようなないような。圧がちょっと強い気がしないでもない。変えるとしたら、圧を19にするか。それよりも一番気になっているのは、眠いこと。音がうるさいからなのか慣れていないだけなのか、まだちゃんとした睡眠がとれていない。慣れで解決すればいいんだけど。。。痰の感じもまだつかめていないし。


March 22, 2006
眠りと音
一定の間隔でなく、たまに鳴るカチッカチッカチャッといった音が気になる。自発呼吸関係で機械が調節している音らしいが……。とにかく音が気になって寝付き、眠りも悪い。入院の疲れも重なっているのだろうか。設定は何とか上手くいっているが、音が気になって眠れない。。。


March 27, 2006
耳栓
音のほうは、耳栓をもらってちょっとだけ良くなった。徐々に慣れつつあるけど、首が痛くて頭が痛くなる。毎日だったのが、そうじゃなくなりつつはあるけれど。


退院後通院日
とりあえず上手くいってることの報告。終始穏やかなムード。何か自分が株やってる話に流れて。「WBSとか見てるの?」「いや、遅いんで寝てます。」そしたら、もう一人の先生が「僕は毎日見てますよ。株はやってないけど」みたいな話に。。。こんな展開になるとは思ってもみなかったのでちょっと汗。最近は、左手薬指の先が触るとちくっと痛い。以前、左手親指にも同じ事が起こった。揉みほぐしてたら、良くなったけど。昨日は腫れた。

去年は非公式なものでしたが、今年は職員研修という公式になり、人数も倍以上でした。


講師とか書いてあって、びびりました。

原稿を読んでもらったあと、質疑応答→控え室→質疑応答という流れ。


1時間半くらい。
帰ってきたら、ちょっと疲れました。水分はとってたけど熱中症に近い感じでした。
あまりしゃべらない春田にしては、よくしゃべったなと思います。
調子に乗り過ぎて、人工呼吸器のスイッチのオンオフは家電を入れるようなもの。と失言してしまいました。
あとで、ヘルパーさんに、はるたさん、炊飯器入れる感覚とは違いますよ、と言われちゃいました(笑)



養護学校の先生は日頃、自分の意思をしっかり伝えることができない医療的ケアが必要な重心のお子さんを相手にしておられるので、
その子たちの代弁者的な役割を僕に求めておられるようでした。

難しいな。というのが本音です。
代弁者になれない理由は書けますが、代弁者についてはまだ分かりません。これについてはまたそのうちブログにでも書きますかな。
でも結構、切実に訴えておられるので、いつか言えるようになるのかしら。。。
誰か言える人がいたら連絡下さい。

質疑応答のなかで出た夏フェスのレポート
http://haruta.blog.jp/archives/51723241.html

ちなみに、去年(2011年)のお話
http://haruta.blog.jp/archives/51728873.html


(以下、原稿です)
こんにちは。大府市から来ました春田 康吏です。
今日は、医療的ケア、たんの吸引をしてもらっている立場からのお話をしたいと思います。

息が続かないので、代読してもらいます。

私は、1996年12月1日に、気管切開をしました。
そして、1998年から、夜から午前中にかけて、人工呼吸器を使っています。
体が、疲れたときなども、自分の判断で呼吸器を使っています。
その頃から、多くの人に、たんの吸引をしてもらってきました。

今日、お話することは、あくまで、私が思っていること、感じていることです。
大きく分けて、3つのお話をします。
1つ目は、医療的ケアの基本的な考え方
2つ目は、私が考える理想の支援やケア
3つ目は、周りとの連携の大切さ
です。

それでは、1つ目のお話です。
さきほど、多くの人に、たんの吸引をしてもらってきたと申し上げました。
医師、看護師、家族、理学療法士、マッサージ師、知り合い、友達、ボランティア、
ヘルパーと、数えきれないくらいになりました。
ここにいる榎本先生も、そのうちの一人です。
なぜ、これほど大勢の人に、たんの吸引をしてもらわなければいけなかったのでしょうか。

たんの吸引と言っても、日常生活を送る上での、たんの吸引です。
病院で、医師や看護師がおこなう、医療ばりばりの吸引、
治療的な意味がある、たんの吸引とは、少し違います。
例えば、肺炎になって入院したとき、肺炎になると、なかなか、たんが上がってきません。
そうなると、カテーテルを、かなり奥まで入れる必要があります。
生活場面での、たんの吸引は、そこまでする必要はありません。

ふつうの介助や支援と同じように、ひとりひとり、違うと思います。
とりあえず奥まで突っ込んで、引けてても何でも、少し引っ込めたところで吸う方がいいという人もいますし、
少しずつ奥へ入れていく方がいいという人もいるかもしれません。
正解は無いように思います。
医療的な吸引でさえ、昔と今とでは、やり方が違ってきています。
たんがある場所や、たんの性質も、その人、その人によってクセがあると思います。

何が言いたいのかと言うと、医療的ケア、たんの吸引は、個別性に対応する必要があると、
私は考えています。
オーダーメイドがいいと思います。

2つ目のお話です。
私が思う理想の支援やケアは、なにかというところを話してみます。
たんの吸引ということで言えば、短時間で、たんがスッキリとれる。ということです。
たんがとれるということは、呼吸が、しやすくなるということです。
それを、理想とします。

では、どうすれば、その理想に近づけるのか。
それは、多くの経験と思いです。
とにかく数をこなすことと、どうすればスッキリとれるか。
それを考えていくことです。
数をこなすというのは、一人の人に対してです。
私の場合、現実的に一番多く回数をこなしている人が、上手くなっています。

さて、ここで、最悪な状態についても考えてみましょう。
最悪なのは、たんが詰まって、息ができなくなる。ということです。
しかし、そうなったからといって、いちがいには、支援が悪いということは言えません。
さきほど申し上げた、多くの経験が必要だからです。
最悪な状態にならないようにするために、注意しておくべきことは、いくつかあります。
単純に、一般的な吸引の方法の学習をする、
家族や病院、自治体の担当者と連携をとっておく。
日々、変わっていく情報や、たんの吸引を受ける人の状態を把握しておく。
これは言うまでもないことです。
大事なのは、いつもとは違う。
いつもとは、なにかが違う。ということに気がつく。
これが、大事だと思っています。

具体的には、医療的ケアを受ける、本人の顔色だったり、様子だったり。
また、たんの吸引器、機械自体が故障している、
たとえ故障していなくても、
なにかの加減(かげん)で、設定が変わってしまった。ということも起こってきます。

消毒のために、消毒液を吸ったとき、なんか、いつもとは吸い方が違う。
吸い方が、いつもより弱い。
こういうことは、頻繁(ひんぱん)には起こりませんが、
いつもとは違う、それに気がつくということが、大切になってきます。

気がつかなければ、なかなか、たんは、いつものように取れず、おかしい状態が続きます。
そういうときは、本人にばかり、目がいくでしょう。

3つ目のお話です。
医療的ケアは、ありとあらゆる人とできるだけ連携を取ってください。
私は、制度上の理由で、2007年から、ようやくヘルパーさんに、たんの吸引をしてもらえるようになりました。
始めるにあたっては、家族、病院、大府市の相談支援や福祉課の方と多く話し合いをもちました。

周りの人と気づいたこと、不安なことを共有してください。
周りの人というのは、同僚の先生だったり、看護師さんだったり、保護者の方だったり、自治体の関係者だったりです。
インターネット上で、つながるというのも良いことだと思います。
それにより、医療的ケアの質が良くなっていくと信じています。
絶対に、一人では抱え込まないでください。

最後に、
医療的ケアを、学校の先生がするというのは、まだ始まったばかりです。
始まってもいないかもしれません。制度も、あいまいでしょう。
そもそも、医療的ケアは、学校の先生の本来の業務ではありません。
仕事が増えるだけです。練習もしなくてはいけないし、児童・生徒の命にも関わってきます。
そんなに大変なことを、なぜ、学校の先生がしなければいけないのでしょうか。
それを考えてみてください。

これから、医療的ケアを必要とする人は、増えていくでしょう。
私は、自分も含めて医療的ケアを受ける人たちが、快適に、生活の幅が広がること、人生の質が高まることを期待しています。

医療的ケアは、目的ではありません。
人生をより豊かにするための手段です。

ご清聴、ありがとうございました。

高校生くらいの頃から、インターネット上だけでやりとりしてる人がいます。
どうして知り合ったのかは覚えていません。
土屋竜一さんという気管切開をして人工呼吸器を着けている方です。
実は、この方とは僕が高校くらいのときに、ひどいことを言って仲たがいをしたことがあります。
若気の至りというのか、本当に申し訳なかったと今でも思っています。

しかし、時を経て去年くらいから、またメール交換させてもらったりしています。
そこで今まで読んでなかった彼の本、3冊を読みました。

出会いはたからもの
土屋さんの最初の本です。作曲や音楽、ライブの部分は僕はよく分からないので、そんなもんなのかという感じで読み進めました。医療的な部分は、僕もある程度体験してることだったので分かりました。
そして、共感できたというか、一番びっくりしたのは恋愛に関して。
僕が今、思っていることとほぼ同じことが書いてあってびっくりしました。さらに、経験したこと(失恋)も何とも似ていて・・・。なんだ、このシンクロ率は!と思いました。


神様からの贈り物

神様からの贈り物
著者:土屋竜一
価格:1,365円(税込、送料込)
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実は。ということもないのですが、今では土屋さんは家庭を持っています。
「出会いはたからもの」から数年、この本では奥さんとの出会いから第一子が生まれるまでが詳細に書かれています。
ここまでの情報公開をOKした土屋夫妻や関係者の方々には感謝するべきでしょう。
重度の身体障がいを持つ人の結婚に関しても非常に参考になる本だと思います。
とまあ、淡々と紹介しましたが、この本の数ページを読んで、「あぁ、これは僕には無いかもしれない」と思いました。
奇跡的というか、妻の美和さんみたいな素晴らしい女性に出会えるわけがない。と思ったら、急に涙がぽろぽろ出てきました。
前作の「出会いはたからもの」では、めちゃくちゃ共感できたのに、数ページ読んだだけで、心がえぐられるような思いがしました。
ポジティブ思考で考えれば、誰にでもチャンスはあるということなんでしょうが、本の最後に「実は、フィクションでした」みたいなことが書いてあるような気がしたほどです。


日本でいちばん働きやすい会社
最近、出版された本です。
これもまた重度身体障害者の在宅就労に参考になる本かもしれません。ここに出てくる会社は、ものすごく進んでいるなという印象でした。
もちろん、社員にもそれだけの技術力が要求されるようですが、とてもシステマチックで整備されていると思いました。
逆に、僕には無理かも。今の会社が合ってるかもと思いました。ステップアップのためにはいいかもしれないけど。


僕は今まで、障がい当事者が書いた本というのは、くだらないもの(自慢話的で)が多くて嫌いでした。
でも今回、同じ著者ではあるものの、悪くはないかも。なにかの参考にはなるかもというのは思いました。

午前5時から10時くらいまで、5時間停電してました。

近所と市内の2人の友人に連絡してみたけど、「してない」とのこと。

中部電力にも電話はつながらず。



人工呼吸器は、バッテリー1時間しか持たず。

自発呼吸はある程度出来るからいいんだけど、眠った状態での自発呼吸は出来ません。

ずっと起きてて寝不足です。



何か災難続きだな。





無理無理。

障害者福祉の世界とは、あまり関係の無い人と話していたりすると、

たまに、人工呼吸器着けてても一人暮らしできるの?とか、重度の身体障害者が一人暮らしできるの?とかいう話になるときがある。



そんなとき、僕が必ず勧める本が、

こんな夜更けにバナナかよ

である。

とりあえず、これを読んでみろ。と言う。



福祉本自体をあまり読まないのですが、福祉本の中では名著だと思う。



ここに出てくる人の生き方が、僕の理想、みんなの理想かと言われれば、

そうではないけど。

読むに値はする。



torahouse blog : こんな夜更けにバナナかよ―筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち/渡辺 一史 - 本の感想

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