春田康吏のブログ

在宅勤務をしている医療的ケアが必要な重度身体障害者のブログです。

タグ:家族

去年秋の母親の入院を自分でヘルパーコーディネートして乗り切った自信のためか、
その後、何となく「もしかして、一人暮らしとかできるんじゃね?」と思っていました。

またいろんな情報も入手できたせいか、一人暮らしについての思いや考え方がまとまってきました。
よく「自立生活」っていう言葉が言われるけど、福祉用語な気がするので、あんまり使いたくないんですよね。

人によっても、意味合いが違ってくるし。
自立生活=一人暮らしという考え方だけでなくて、
経済的自立や日常生活の細かな自己選択も自立って考えるってこともできるし。

それで結論としては、一人暮らしをするためには明確な強い動機が必要だってこと。
それが今の僕には無い。

1)家族が煩わしくて一人暮らしを始めた。
→話を聞けば「あるあるネタ」みたいな感じで、ものすごくよく分かりますが、
自分に置き換えて、それが強い動機になるかっていうとならない。
一人暮らししても、たぶん、合わないヘルパーとか出てきて、ストレス度は同じだと思う。


2)自分の部屋に好きなポスターとか貼れない。
→貼ってます。思いっきり。綾瀬はるかを・・・・。若いころはグラビアアイドルのもあったけど、特に何も言われません。


3)好きな女性とか呼べない。
→呼んでます。。。普通に。たぶん過去、全員来てる・・・。別に恋愛感情なくても普通に女友達と会って話してたりするし、初めての人とかだと駅からの送迎とかさせてる・・・。送迎して。って言うと、えええとかは言われるけど。よく考えればひどい子かもしれん。
でも、たくさん会ってる中で例の件を一発で当てられたときは悲しかった。とても。全然話してないのに。


4)医療的ケアの問題
→ヘルパーが風邪を引いて派遣されるってことはなかなかないので、近くの風邪を引いてる人からの感染ということで悩まされることはないのかもしれません。
ただ、病気になった場合や指示がきちんと出せなくなった場合は、どうするのか。
また、痰詰まりのときなど、家族でも何とか苦労して排痰するときもあります。それが、ヘルパーにできるのかって考えると微妙。
さらに毎日のケアとして、吸入薬の管理、ガーゼ交換など、ヘルパー業務では黒に近いグレーの行為が多くあります。
訪問看護は毎日来てくれないでしょうし。
時が経てば、いずれ制度面で変わっていくのでしょうが、「あやしい」というのが現状です。


5)親の反対
以上の面から、母親は、現状では反対なようです。
僕も現状では特に強い動機もないので、放置です。


6)一人暮らしであって、一人暮らしではない
→僕は、24時間、誰かに傍にいてもらわないといけません。
一人暮らしとなると、仕事として介助者がつくことになります。
そうなると、常に誰かが近くにいる。そういう状態になるんじゃないかと。
家族だと、ある程度、ほっとかれます。実は、一人暮らしの方が束縛感が強まるんじゃないだろうかと思うときもあります。


7)総論
とまあ、そんなことを言っているうちは、今のままでしょう。
というか、いろんな話を聞いている中で、僕は恵まれているというのは思いました。
昔、はるたくんは温室育ちとか言う人もいましたが、本当にその通りなのかもしれません。

そもそも、一人暮らし原理主義みたいに考える人もいたりして、そういうのは見方が狭くなってるので、あまり好きではありません。
とはいうものの、施設は絶対いやですし、

・親が病気や高齢になったり、
・この人と一緒に住みたい!みたいな人が現れたりしたら、

状況は変わっていくのでしょう。
また、僕の家自身をケアホームとかにしても、それはそれでありだなって思います。
それは、親も言ってた。

一つの物事にとらわれず、大きく考えていくことは大切かと思います。

「あんたは、橋の下に捨てられていて、かわいそうだったから拾ってきて育てた」

多くの人が、似たようなことを親から言われた経験があるんじゃないだろうか。

そういう僕も小学生の頃、母親から言われたことがある。
何気ない日常の中で、さらっと言うから、驚いたことがある。

でもニヤニヤしてたから、すぐに嘘と気づいたんだけど。

これは、僕だけの体験とずっと思っていたが、
どうやら違うようである。(違うということは、二十歳くらいのときから気づいていた)

しかし今思うと、この嘘には、何の意味があるのだろうか。
どうして多くの人は、こういうことを言われるのだろう。

何かのドラマや有名なお話で使われている手法なんだろうか。

たとえば、僕に子どもができたとして、そういうこと言ってみたいかどうかシミュレーションしてみると、
うーん。どうだろう。
冗談半分で言ってみたい気もするし、そうでもなかったりする。

また、僕らの世代だけのことだろうか。
今の子どもたちも言われているのだろうか。

不思議に思っていることの一つである。
何か情報あったら教えて下さい。

もう今年も4日、経った。

この4日、正直何をしていたかあまり思い出せない自分がいることに気がついた。
とても無駄に過ごしたように思う。

今は、今週末に開かれる「ぼくうみ」のニコニコ生放送が楽しみということと、
http://live.nicovideo.jp/watch/lv36155111?mypage_nicorepo

9日の医療的ケアのシンポジウムで何か興味深い話や情報が入手できるかどうかってことが唯一の希望です。

しかし、家族が風邪を引いているので、
うつったら、どちらも失われてしまうだろう。

貴重な外出の機会が失われる。

上映会の企画運営をやらせて頂いて、まあ1年間、動いてきたわけですが、
ずっと思っていたというか、改めて驚いたことがあります。

それは、自閉症の子を持つ親御さん数名から、それぞれ多大なる感謝をされたことです。
正直、びっくりしました。
それぞれに違う時期で言われたので。
中には、わざわざお手紙まで下さった方もいました。

親御さんに感謝されたことに関しては、正直、僕自身、身に余る思いでした。

そりゃそうでしょ。親だもん。と思うかもしれません。

しかしあまりにも、親御さんとそうではない方(くれぐれも非難はしていません)との違いが、
明確に明確に明確すぎるほど違っていたので、驚きました。

考えすぎなのかもしれませんが、
じゃ、親が死んだらどうなるんだ。
支援している人に、愛は無いのだろうか。
そりゃ、家族では無いので、家族のようにはいきませんが、
介護技術、支援技術、ビジネス?
ただそれだけ?
と自問自答してしまいました。

まあ自分自身にもあてはまることなので、
余計に考えてしまった面もあるかとは思います。

誰かが、
「親に勝る介助者無し」って言ってました。

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