春田康吏の資料室

ある重度身体障害者の記録と各種資料

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障害当事者による支援者へのメッセージ集。「支えの信条」

初めてこれを見た時は。とめどなく泣いたなぁ。(T_T)http://hiromoto.seesaa.net/article/160639281.html


福祉関係に身を置いている人しか分からないのかな。って思うけど、
これは泣けます。

あたしは当事者ですけど、うるっときます。

どんなお涙ちょうだいもののドラマよりも泣けるな。これは。

すべて理解できるかっていうとそうでもないんだけど、
大体、分かる。



支えの信条

歴史を通じて障害を持つ者達は、産声と共に見放され、社会から見捨てられ、


宮廷の道化師として嘲笑われ、ナチスドイツ時代にはガス室に送られ、


そして今の尚、隔離され、施設に入れられ、「行動管理」という名の拷問にさらされ、


虐待され、犯され、安楽死においやられ、そして殺され続けている。


今日史上初めて、障害をもつ人々が己の持つ権利に基づき、価値ある一市民としての存在を主張し始めた。


ここに潜む落とし穴は、社会が彼らの叫びに対し公平と尊重ではなく救済と慈悲で応じてしまうという危険。


だから今、あなた
に届けます・・・
支えの信条


私の障害を問題としてみないでください。障害は私の一部です。


私を欠陥人間として見ないでください。私を異常で無力な人間として見ているのは、あなたなのです。


私の事を直そうとしないで下さい。私は壊れてなんかいません。


支援してください。そうすれば私なりの方法で社会に貢献できるのです。


私をあなたの患者として見ないで下さい。私もあなたと同じ、一市民です。


あなたの隣人として見てください。人は皆、人に支えられて生きているという事を忘れずにいて下さい。


私の行動を矯正しようとしないでください。


静かに、聴いて下さい。あなたが不適切行動と決めつけているものは、
私にできる唯一の方法であなたに何かを伝えようとしているのかもしれません。

私の事を変えようとしないでください。あなたにそうする権利はないのです。

私が知りたい事を学ぶ手助けをしてください。


あなたが感じている不安や迷いを専門家としての距離で隠さないでください。


私の声に耳を傾け、私の“もがき”を簡単に解決できるかのように軽く受け流したりしない、


そんな人でいてください。


理論や方法論に、私を当てはめようとしないで下さい。


ただ一緒にいてください。そしてぶつかり合った時には互いに自らを省みる機会としましょう。


私をコントロールしようとしないでください。人として自分らしく生きる権利が、私にはあるのです。


あなたが不服従や操りと呼ぶ行動は、


自分の人生を自分でコントロールできる私にとっての唯一の方法なのかもしれません。


いつも素直で従順で礼儀正しくいる事ばかり叩き込まないでください。


自分を護るためには、嫌な時には「嫌だ。」と言える事が必要なのです。


無理に私の友達になろうとしないで下さい。そんな同情はいりません。


私の事をよく知ろうとして下さい。そしたらいつか、友達になれるかも知れないね。


例えそうする事があなたの気分を良くするとしても、勝手に私を助けようとしないで下さい。


手助けが必要かどうか聞いてください。私から、あなたが私に手を貸せる方法を教えてあげます。

私を称賛しないで下さい。精一杯生きようとする事は、特に崇拝されるようなものではありません。


私を尊重してください。尊重の前提には対等があるから。


指示したり、矯正したり、指導したりしないで下さい。


聴いて、支えて、後をついてきて下さい。


私は料理されるだけの鯉じゃない。

あなたと私、同じ水に棲み、共に生きよう。


今は亡き、トレイシー・ラティマーに捧げます。

文・ビデオ製作
ノーマン・クンツ、エマ・
ヴァン
ダー
クリフト


日本語訳
笠原真帆
訳協力
斉藤明子、横山実、中谷路子

笠原真帆
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上映会の企画運営をやらせて頂いて、まあ1年間、動いてきたわけですが、
ずっと思っていたというか、改めて驚いたことがあります。

それは、自閉症の子を持つ親御さん数名から、それぞれ多大なる感謝をされたことです。
正直、びっくりしました。
それぞれに違う時期で言われたので。
中には、わざわざお手紙まで下さった方もいました。

親御さんに感謝されたことに関しては、正直、僕自身、身に余る思いでした。

そりゃそうでしょ。親だもん。と思うかもしれません。

しかしあまりにも、親御さんとそうではない方(くれぐれも非難はしていません)との違いが、
明確に明確に明確すぎるほど違っていたので、驚きました。

考えすぎなのかもしれませんが、
じゃ、親が死んだらどうなるんだ。
支援している人に、愛は無いのだろうか。
そりゃ、家族では無いので、家族のようにはいきませんが、
介護技術、支援技術、ビジネス?
ただそれだけ?
と自問自答してしまいました。

まあ自分自身にもあてはまることなので、
余計に考えてしまった面もあるかとは思います。

誰かが、
「親に勝る介助者無し」って言ってました。
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