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Tag:看護師

ここ1年は、移動支援へのヘルパー派遣が改善されて、行きたいところに月2回くらいは行けていたのですが、
とっても行きたかった花火大会が、ヘルパー派遣不可!ということになってしまいました。

打ち上げ花火を間近で観るのが夢というか目標にしていたので、逃したらまた1年待たんといかん。ということで、久しぶりにボランティア探しを発動させました。

どぶ板戦略の発動です。

ボランティア探しは、昔はわりとやってたけど久しぶりでした。見つからないかもしれないという不安を抱きつつ、思い当たることは全部やりました。

・会う人、会う人に言ってみる
・メールで友人知人に聞いてみる
・チラシを作って、掲示してもらう


しかし前提として、「たんの吸引を過去にしたことがある人」としました。
これで一気に範囲が狭くなります。
僕は、基本的に誰にたんの吸引をしてもらっても良いです。やる気がある人には、伝授する用意もあります。
ただ今回は、伝授する時間がないと思ったので、上のような前提条件をつけました。

そうなると、医療職、看護師に重点的にアプローチするしかないなぁと思いました。
正直、福祉関係の友人が多いので、医療職の友人はあまりいません。

1.会う人、会う人に言ってみる
うちにはヘルパー以外にも、いろんな人が入ってるので言っておきました。
訪問入浴さんには看護師さんが必ずついてくるので言っておきました。

・行きたいけど、小さい子どもがいるからおぶっていかないといけなくなる。→危ないから止めました。

・はるたさんみたいな年の近い人と花火なんかに行くと、旦那さんが焼きもち焼く→意味わからん断られ方やなと思いつつ…。はぁ。そうですか。

とりあえず、事務所の掲示板にチラシを貼ってもらえることができました。


2.メールで友人知人に聞いてみる
・一人、昔のヘルパーさんでつながってる人ががいたので聞いてみたけど、あいにく仕事が入ってるとのこと。なかったら行ってくれるような感じでしたが。

まだ当てがあったので、さらに何人かに聞いてみました。そこで見つかりました。
でも「最後の砦」として使ってくれればいいよ。という有り難い言葉をもらったので、探す活動を続けました。
結局、最後の砦さんにお世話になったのですが。


3.チラシを作って掲示してもらう
・訪問入浴の事業所さんの掲示板に貼れました。
・訪問看護ステーションの人に渡すことができて周知してもらえました。
・市内の3つくらいの事業所にFAX送信してもらえました。
・健康福祉フェアのあるブースに置かせてもらえました。
・ボラみみのみみラインに載せてもらえました。


4.結論
それでも問い合わせすらないというのが、ボランティア探しです。わずかにホームページのアクセス数が上がったので、見てもらえてるとは思います。経験上、想定内ではありました。
でも意外と良かったかもとは思っています。
こんなことが毎回続くようでは心身ともに喪失してしまいますが、たーーまにはこんなこともあってはいいのではないだろうか。と思います。

あくまで僕の場合ですが、ヘルパー支援だけで囲うと、いろんな人とつながる機会が減ったりします。
「こういう人がいて、こういう問題を抱えている」という周知ができた。ということも良かったのではないかと感じてはいます。
まぁ、本心は疲れるので嫌ですけどね。

新聞にでも載せてもらえたら、問い合わせくらいはあったんじゃないかと思います。
介助者を探している友人がいて、新聞に載せてもらえたらすぐ連絡があったというので、新聞の効果って今でも絶大なんだなと思いました。

僕のこれからの目標は、遊べる看護師の友人を作っておく。ということでしょうか。
家庭持ちはなかなか動けないので駄目です。。。教訓。


2012年09月29日

そのほか

【信号】鴻ノ巣にタッチ!(22:35)


そのほか

【信号】神戸にタッチ!(22:34)


そのほか

東海ICにタッチ!(22:28)


鉄道駅

太田川駅にタッチ!(22:18)



鉄道駅

江南駅にタッチ!(21:18)


花火大会

江南市民花火大会にタッチ!(20:08)



タワー

すいとぴあ江南にタッチ!(17:42)



鉄道駅

江南駅にタッチ!(16:26)


鉄道駅

太田川駅にタッチ!(15:20)



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2012年にも行いました。こちらです。




ひいらぎ養護学校で、医療的ケア(たんの吸引)を受ける当事者として、お話をしてきました。
恩師からの依頼で、日にちが迫っていたので、学校の公式研修にはならなかったものの、
参加希望の教員と看護師、約10名の前で、原稿を代読してもらいました。

正直、聴く人の心に届いたかどうかは微妙でしたが、
自分にとって初めてのことで、いい経験ができたように思います。

参加者には、「今日お話したこと」という、まとめの資料、
友人からもらったメールの医療的ケアの部分の全文を提出しました。

以下に原稿載せちゃいます。

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こんにちは。大府市から来ました春田 康吏です。
今日は、医療的ケア、たんの吸引をしてもらっている立場からのお話をしたいと思います。

息が続かないので、代読してもらいます。

私は、中学1年のとき、気管切開をしました。
そして、中学3年の頃から、夜から午前中にかけて、人工呼吸器を使っています。
体が、疲れたときなども、自分の判断で使っています。
その頃から、多くの人に、たんの吸引をしてもらってきました。

医師、看護師、家族、理学療法士、マッサージ師、知り合い、友達、ボランティア、
ヘルパーと、数えきれないくらいになりました。
ここにいる榎本先生も、そのうちの一人です。

たんの吸引と言っても、日常生活を送る上での、たんの吸引です。
さきほど、医師、看護師と言いましたが、
病院で、医師や看護師がおこなう、医療ばりばりの吸引、
治療的な意味がある、たんの吸引とは、少し違います。
例えば、肺炎になって入院したとき、肺炎になると、なかなか、たんが上がってきません。
そうなると、カテーテルを、かなり奥まで入れる必要があります。
生活場面での、たんの吸引は、そこまでする必要はありません。

ふつうの介助や支援と同じように、ひとりひとり、違うと思います。
とりあえず奥まで突っ込んで、引けてても何でも、少し引っ込めたところで吸う方がいいという人もいますし、
少しずつ奥へ入れていく方がいいという人もいるかもしれませんし、正解は無いように思います。
医療的な吸引でさえ、昔と今とでは、微妙に、やり方が違ってきています。

何が言いたいのかと言うと、医療的ケア、たんの吸引は、個別性に対応する必要があると、
私は考えています。
オーダーメイドがいいと思います。

今日、お話することも、あくまで、私が思っていること、感じていることです。
事前に、いくつか話してほしいことや質問をもらいました。
大きく分けて、3つです。
それに、答えていこうと思います。
まず、一つ目です。
これまでの経験で受けた、最上(さいじょう)の支援は、どんな人の、どんな支援だったのか。

これは、むずかしいです。
むずかしいので、まず、私が考える、理想の支援やケアは、なにかというところから話してみます。
たんの吸引ということで言えば、短時間で、たんがスッキリとれる。ということです。
たんがとれるということは、呼吸が、しやすくなるということです。
それを、理想とします。

では、どうすれば、その理想に近づけるのか。
介助者目線から言えば、多くの経験と思いです。
とにかく数をこなすことと、どうすればスッキリとれるか。
それを考えていくことです。
数をこなすというのは、一人の人に対してです。

以上のことから、最初の質問に戻ります。
最上の支援は、どんな人の、どんな支援だったのか。

今までで、一番多くの、たんの吸引をしている人は誰でしょうか。
それは、家族、しいては、母親ということになります。


二つ目に、いきます。
最悪な支援についても、話してほしいということでした。
どこどこの誰。ということは、今までは、ありません。
私にとって、最悪な状態というのは、たんが詰まって、息ができなくなる。ということです。
しかし、そうなったからといって、いちがいには、支援が悪いということは言えません。
さきほど申し上げた、多くの経験が必要だからです。
最悪な状態にならないようにするために、注意しておくべきことは、いくつかあります。
単純に、一般的な吸引の方法の学習をする、
家族や病院、自治体の担当者と連携をとっておく。
日々、変わっていく情報や、たんの吸引を受ける人の状態は把握しておく。
これは言うまでもないことです。

大事なのは、いつもとは違う。
いつもとは、なにかが違う。ということに気がつく。
これが、大事だと思っています。
具体的には、医療的ケアを受ける、本人の顔色だったり、様子だったり。
また、たんの吸引器、機械自体が故障している、
たとえ故障していなくても、
なにかの加減(かげん)で、設定が変わってしまった。ということも起こってきます。

消毒のために、消毒液を吸ったとき、なんか、いつもとは吸い方が違う。
吸い方が、いつもより弱い。
こういうことは、頻繁(ひんぱん)には起こりませんが、
いつもとは違う、それに気がつくということが、大切になってきます。

気がつかなければ、なかなか、たんは、いつものように取れず、おかしい状態が続きます。
そういうときは、本人にばかり、目がいくでしょう。


三つ目です。友達から聞いたこれは!という支援やケアについても教えてほしいとのことでした。
気管切開していて、お話ができる人というのは、なかなかいません。
しかし、インターネット上で、やりとりしている人は、何人かいます。
仲の良い人、二人にメールをしてみました。
一人は、愛知県江南(こうなん)市に住んでいる人です。
この方は、自分自身で、たんの吸引をおこなっている人です。
引用します。
看護師さんは、医療の知識もあり、経験もある。
でも、私に対してのケアは、私だけのやり方があり、必ずしも知識や経験に基づくものだけではないと思うので、利用者(患者)の「こうしたら気持ちいい」、「こうしたら体が楽」などの意見を聞いて、その人、その人に合ったケアを、相談しながら一緒に築き上げていってほしい。
とのことでした。
余談ですが、今度、会って、オフ会をしようかと話をしているところです。


二人目の方は、福岡県北九州市に住んでいる人です。
引用します。
吸引で一番大事なことは、
人(生徒)それぞれ感度が違うってことを心にとめててもらいたいです。
まずは、生徒が普段慣れてる吸引の仕方を覚えること。
自分流にアレンジしないこと。
見て、見て、見て、やって、の長い時間が必要だと思いました。
とのことでした。

二人の方は、まだ他にも書いてくれましたが、ここで、気がついたことがあります。
それは、始めに、私が申し上げたこと、二人が書いてくれたこと、同じだということです。
私は、始めに、医療的ケア、たんの吸引は、個別性に対応する必要があると申し上げました。
江南市の方は、意見を聞いて、その人、その人に合ったケアを、相談しながら一緒に築き上げていってほしい。と言ってくれました。
北九州市の方は、 まずは、生徒が普段慣れてる吸引の仕方を覚えること。自分流にアレンジしないこと。と言ってくれました。

全く、相談もしていなく、同じような意見が出てくるというのは、自分でも驚きでした。

まとめに、入ります。
医療的ケアを、ヘルパーさんや、学校の先生がするというのは、まだ始まったばかりです。
始まってもいないかもしれません。
制度も、あいまいでしょう。
しかし、これから、医療的ケアを必要とする人は、増えていくでしょう。
みなさんに、お願いしたいのは、ぜひ、制度が充実していくのを、待つだけでなく、
みんなが暮らしやすいように、自分たちで法律を作っていく。
それくらいの意識を持ってほしいなと思っています。
医療的ケアを受ける私たちが、快適に、生活の幅を広げることができるようになることを期待しています。
ご清聴、ありがとうございました。
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最初の質問で、母親と答えたのはマザコンとかそういうことではないと思います。
理想は、ヘルパーなんだよね。

母親の吸引は、ヘルパーさんが言うには、神ワザ。
とても真似できない。って言われます。。。僕が指示するんだけど、
そんなお母さんのようには、ちょっとできないよ。。。って言われます。

将来的な理想は、母のような人を今後のためにも育てたい。
専属ヘルパーを雇うか、生涯のパートナー(性格重視なのでたんの吸引できなくてもOKだけど)を見つけたい。

終わったあとに、ヘルパーさんや恩師と少し雑談をしました。
ヘルパーさんにいろいろ介助の指示を出してるのを見て、大人になったとか言われました。あんまりそういう意識は無かったのですが。

閣下の徒然日記:逃がした魚は、大きい!?

この記事を読んで、そう言えば数年前、病院のロビーで待っているとき、
酸素チューブがボンベから外れて、シューーーーという音が出て、
まっ、いっかみたいなことを思っていたら、私服の見知らぬ若い女性(結構、美人)から、
大丈夫ですか?どうかされましたか?と声をかけられたのを思い出した。
いや、チューブが外れて。と言ったら、つけてくれた。

こういうのに気がつくというのは、看護師とか医療職の人なのかもしれない。

しかしまあ、美人から声をかけられる、助けられるというのは、
とてもうれしい。
この上ない喜びである。

連絡先を聞こうとかお茶しよう、お礼しようとかは、特に思いつかなかったけど。
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radio-iから得たもの | listen | chabin's cafe
http://www.chabindesu.com/blog/l/entry-5.html


chabinさんの記事を読んで、僕なりに書いてみようと思う。

まず始めに、僕は、ラジオは滅多に聴かない。
特別嫌いというわけではない。むしろ好きな方である。
しかし、radio-iについては、一番チャンネルを合わさない局と言ってもいいくらい、ひどい付き合い方だった。

そんな奴に思い出や思うことがあるのか。
この記事を書くことによって、全国のラジオファンやradio-iファンに怒られるであろう。

でも、それなりに書いてみようと思う。

radio-iと聞いて思い出すのが、
医大に入院していたときの記憶だ。

今までに1度だけ、手術をしなければいけなくなって、
医大に入院したことがある。
2001年のことだったと思う。

手術後、念のための処置として、
ICU(集中治療室)に入れられた。
何かあったとき、すぐ対応できるためのものだったので、意識ははっきりしている。

ぼーっと天井を見上げていたとき、
きれいな看護師さん(あのときの看護師さんのきれいさや対応の良さはなぜか印象に残っている)が気を利かせて、ラジオつけてあげようか?と言った。

暇だったので、僕は、お願いした。
どこの局にするか。と言われたので、FM-AICHIと答えた。

看護師さんは、FM-AICHIに合わせてくれた。

でも、いつも聴いているFM-AICHIとは様子が違う。
なんか、英語っぽいというか、DJが変な感じというか。

そして、数時間後に、FM-AICHIではないということに気がついた。

看護師さんも気がついた。

ごめん。これ違うね。

あ、たぶん、最近、出来たやつだと思います。

そう。それが、Radio-iだったのである。

FM-AICHIを聴いていたと思っていたのに、Radio-iを聴いていたということで、
僕のRadio-iの第一印象は最悪だったのである。

それから何度か、Radio-iを聴いてはみたが、
僕の印象は改善されなかった。

何となく気にしてて、番組表を見ることはあっても聴くことはなかった。

でも、閉局を知ったときは、なんとなく物哀しい思いはした。
ウソだろ。と言われるかもしれないが、思い出があるので。

聞くところによると、radio-iは開局以来、一度も黒字化になったことがないと言う。
それはあかんだろ。とは思う。

でも、僕にとって、radio-iとは、
そんなにコミュニケーション取らないけど、たまに気にしたりする。
生きてればいいな。くらいのそういう存在だった。
決して嫌いではなかった。
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基礎疾患を有する者として、新型インフルエンザのワクチン接種を行ってきました。

今のところ、何ともありません。



場所は、通院している診療所で、日時は通院と一緒には出来ない。ということで、

今日、集団接種のような形で実施されました。



いつもの看護師さんに、副作用について尋ねてみたところ、

「私は大丈夫だったよ」という回答を頂きました。

昔だったら、こういう回答を聞いて、さらに不安になるのですが、

今では、何かこういう人、好きです。



新型インフルエンザマニュアル

http://haruta.ldblog.jp/archives/51366538.html

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