僕は、モテない。僕のお父さんとお母さんもモテなかった。
お父さんは十六回目のお見合いで、お母さんは十回目のお見合いで、それぞれ知り合って結婚した。
よって、僕の身体には「モテない遺伝子」が組み込まれている。
確か、おじいちゃんとおばあちゃんも、そのまたひいおじいちゃんとひいおばあちゃんも……。
ということは、うちはモテない家系か。
どうすればいいんだぁぁぁ。
僕は、パソコン画面上にある巨大掲示板の「モテない男」と「モテたい男」の板を行ったり来たりしながら叫んだ。
「なに、あの子?」下の階で、お母さんが話しているのが聞こえる。
うちは狭くて木造だから、大体の声は聞こえるのだ。
いや、もう「お母さん・お父さん」と呼ぶのは止めよう。
これからは、「父・母」だ。ちょっとした心がけで自分が変わり、モテるようになるかもしれないのだ。
「にゃっはははは」
「ちょっと、あいつ大丈夫か。お前、見て来いよ」今度は、父の声が聞こえた。

大学生、哲夫。平凡すぎる名前。男友達はいるが、女友達はいない。
よって、彼女もいない。それほど、オタクってわけでもないのだけれど……
イスにもたれかかって、壁に貼ってある「川村ゆきえ」のポスターを眺めた。水着姿でほほえんでいる。これは外せない。
パソコンを見る。壁紙はアニメ。小さな女の子がほほえんでいる。これも変えられない。
やっぱり、オタク? 携帯が鳴った。これは普通の音。本当は変えたいけど、部屋から出るものは恥ずかしい。
「あー、先輩?山崎ですけど、今度の合コン人数足りないんでー、来てくれませんか」
俺は、埋め合わせか。そう思ったが、背に腹は代えられない。
どこで素敵な出会い、俺を心から認めてくれる女性がいるか分からない。
「おう、そうか。分かった。いつ?どこでだ?」
「先輩、乗り気ですね。えっとですね……」俺は、山崎から教えられた日時と場所をパソコンにメモした。

そこへ「兄ちゃん、教えて〜」今日も来た。どうやら同世代の女性以外からはモテるらしい。身内限定で!
高校生になる妹の望(のぞみ)を見た。オタクの世界では、妹というジャンルがあるが、実際に妹がいる僕は、なにがいいのかさっぱり分からない。
さっさと、見られるとまずいパソコンの画面をスリープモードにすると、
「またか〜?」
「うん」髪の毛をちょんまげにした望は、にやっと笑った。
「ここ、この前教えたとこじゃんか」
「そうだっけ」そう言いながら、のんきにペン回しをしている。
「俺も忙しいんだから、何度も聞くなよ」
「何に?何に忙しいの?」好奇心旺盛というか、何にでも首を突っ込みたくなる性格が出る。
「何にって……いろいろだよ」
「恋に?」
「はぁ?」
「あ、そうか。兄ちゃん、彼女いないもんね」
「いないじゃない。作らないだけだ」
「彼氏がいるとか……」いやらしい目つきで見る望を、ちょっとからかってみたくなった。
「そうだ。悪いか」マジで信じ込んだのか、さっきの冗談の目つきからギョッとする目つきに変わった。
一瞬の沈黙のあと、
「おかああぁぁさーーん。にいちゃんがぁぁぁ」と叫び出した。
「ばか!嘘に決まってるだろ」口を押さえる。
モゴモゴモゴ……。ゲホッゲホッ……。
涙目になりつつ、落ち着いた望は、「勉強は、ありがとう」と言って笑うと、
一呼吸置いて、
「さっきの件は、内緒にしとくからさ。でも、いつかはカミングアウトしなきゃ駄目だよ」と冷めた言葉を吐くと、扉をバタンと閉めた。
それと同時に、「違うぞー!」と言ったが、聞こえたかどうかは分からない。

5月に入ってから、うちの大学は意外と緑が多いキャンパスだということに気がついた。
もう3年だというのに、今ごろ気がついた。今まで何、見てたんだろう。
僕は、すでに知っている内容の講義を聴きながら、ボケーッとしていた。
だいぶん、後ろの席だからか、気を抜いていた。
欠伸(あくび)をした拍子に、消しゴムを落としてしまった。
「あーあ、もう出ようかな。昼だしな」そう思いつつ、消しゴムを拾おうとしたとき、
「落ちましたよ」通路の向こう側の長机で講義を受けていた知らない女の子が、先に拾ってくれたところだった。
「あ、ありがとう」僕は一応、礼を言って消しゴムを受け取った。
渡す瞬間、かすかに笑ったようなその人は、また元の位置に着くとノートに何かを書き留めていた。
自分と違って、真面目に講義を受けているのだろう。
そう思うと僕は、筆記具を全部しまうと食堂に向かった。

食堂には、先客がいた。
「うおーい。」高校生みたいなノリで手を振っていたやつは、杉本。
「お前、いつも食堂にいるような気がするけど大丈夫なのか?」真面目に聞いてみる。
「だるくてさ、まっいっかみたいな」そう言うと、味噌カツ定食の続きを口に運ぶ。
僕も、カレーうどんを持ってきて、杉本の真向かいに座る。
違う友人からは、あいつヤバイらしい。留年するんじゃないかという噂を聞いたということは黙っておいた。
食堂は、少しずつ人が増え出したあたりだ。
カレーうどんが飛び散らないように、慎重にすする。
黙々と食べる二人。
僕は、大丈夫だと思う。単位も落としていない。たぶん、教授にも気に入られてる。
それなりに、真面目な大学生。
でも、目の前で咳き込みながら卵スープを飲んでいる杉本には彼女がいて、
真面目な僕には、いない。最後は、そこに行き着く。

「そうそう、それでね……」ふと横を見ると、女の子二人がトレイを持って歩いていた。
席を探しているみたいだった。
キョロキョロする目線の先に僕がいて、目が合った。
彼女は、さっきの消しゴムを拾ってくれた人だった。
名前も知らないその人は、にこっと笑って、席を見つけたらしい友人についていった。
そんな様子を目ざとく見つけた杉本は、
「おい。今のかわいい子、誰?」と聞いてきた。
「知らね」無愛想に答えると、席を立った。
何となく、この場から逃げ出したい気持ちになった。
食器を片付けて食堂を出ると、もう家に帰りたい気持ちになった。
彼女は、ほしい。でも、一人の方が気楽でいいや。と思うこともある。
なぜなら、過去に失敗がたくさんあるからだ。たくさん傷ついてきたからだ。
それが僕を臆病にさせている。
また、好きになると、また女性を好きになると、過去の眠っていたトラウマが、むくむくと起き上がってきて、
僕の心を蝕んでいく。
それが嫌だから、できるだけ好きにならないように気をつけてはいる。
でも、彼女はほしい。

後輩の山崎から教えてもらった合コンの場所は、隠れ家チックに地下にあった。
デートで来てもいいんじゃないか。と思うくらいのおしゃれな店だった。
僕は、「ちょっと遅れて行く」という、どこかに書いてあったか、誰かが言っていたのか、効果があるのかどうか全く分からないテクニックを使った。
「あ、先輩、こっちこっち」後輩の山崎が、呼ぶ。
呼ばれなくても分かっている。狭い店だし、人の声を聞けばどこでやっているかなんてことは、入った瞬間すぐ分かった。
でも、呼ばれた方が入りやすいので、迷っているフリをした。
山崎も何となく分かっているのだろう。だから、俺はバカにされている。口には出さないだけで、後輩からもバカにされてる。
「おう」僕は、今気づいた感じで、隅に座る。
自分を含めて、4対4。なかなか多い。
それで、女の子のスペックはと……。うん、まずまずだな。
幸運にも、僕の前に座っている子が好みだ。カシスオレンジを飲みながら、僕の隣の隣の男を見ている。
僕の方は、見ていない。
まあせっかく、よさげな店に来たのだから、料理を楽しむことにしよう。
「あれ、どこかで会いませんでしたか」急にどこからか天使のような声がした。
それが、自分に向けられた言葉だと分かると、僕は食べ始めたばかりのデミグラスソースハンバーグをのどに詰まらせそうになった。
「ん……水、水……ん……はぁ…え?」
「ふふ。そんなに慌てなくても」さっきまで隣の隣の男を見ていた女の子は、僕の方を見ていた。
好みとは思ったものの、前に会ったことある人だとは、言われるまで気がつかなかった。
思い出した。
消しゴムを拾ってくれて、食堂でにこっと笑ってくれた人だ。
「ああ……」何と言えば分からなかった。言葉が見つからない。えっと、えっと……
そう思っている間に、その女の子の顔が険しくなっていくのが分かった。
「やっぱ、私のこと覚えてないか……」
「いや、いや、いや、分かります。分かります」僕は、端的にこれまでのことについて話した。
そうすると、にこっと笑ってくれた。その笑ってくれた顔を見て、僕はその人のことを好きになった。
単純。そう言われれば、それまで。
好きにならないように気をつけているくせに、この有り様だ。本能か何かがそうさせるのだろうか。
名前は、大崎綾香。その日、僕ら(?)は連絡先交換をした。
連絡先交換。連絡先を知っているのと知っていないのとでは天と地ほど違う。
まずは、そこが命運を分けるのだ。

僕は、ガラケーを開けたり閉じたりしていた。
メアドはもらったものの、なんて書いて送ればいいのか。
目の前に美味しい食べ物があるのに、待て。と言われている子犬のようだった。
いや、誰からも待てとは言われていない。
とりあえず、
今日は、楽しい時間をありがとうございました。
またお会いできると良いと思います。
他人行儀すぎる……。
今日は、ありがとう。これからもよろしく!
つまらん……何をよろしく?
その後も、10回は書き直した。
すべて保存していたら、合コン終わりに気になる女の子にメールする文のテンプレート集が出来上がるだろう。
そして結局、どれも送らずに眠りにつくことにした。
どうせまた学校で会えるからという安心のもとに。
哲夫がぶったまげるのは、次の朝、起きてからだった。携帯の目覚ましアラームが鳴ると、いつものように止める。
そして、滅多に入ってこないお手紙マークがついていることを確認した。
何だよ、また迷惑メールか。開かずに削除しようとしたとき、ぎょっとした。

From 大崎綾香
件名 昨日はありがとうございました
内容
大崎です。おはようございます。
昨日は、いろいろお話できてうれしかったです。
また前田さんさえ良ければ、これからも仲良くしてやってください。

うれしかった!!!!?????
さらに、仲良くしてやってください!!!????
なんという惚れメールなんだ。サッカーで言えば、開始10秒で点が入ってしまったじゃないか。
僕は、うれしさのあまり発狂してしまいそうになった。
落ち着け、
落ち着け、俺。

2年前。
僕は、大学に入学するだけでリア充になれると思っていた。
大学に入学するだけで、誰もが魔法にかけられたように素敵なキャンパスライフ、彼女・彼氏ができると思っていた。
夏休みに入る直前、少し気になっていた女の子が好きな人に変わった。
僕は、会いたい逢いたい病にかかってしまった。
真面目な勉強会、リア充の代名詞・花火大会、お祭り……とにかく、口実を作って一緒に過ごした。
これだけ会ってれば、きっと僕のことも好きになってくれてるはず。
そう思っていた。今思えば、そう勘違いしていた。
そのとき僕は、大きな過ちをおかしていた。
「彼氏がいるかどうか確認していなかったこと」
これだけ二人で会ってくれる=そりゃ彼氏いないだろう。と。
12月。街は毎年のことながら色づいていた。赤、緑、青、黄色、白、銀色……。
僕は、クリスマスイブもクリスマスも何の予定も入れていなかった。
と言うより、入れることができなかった。チキンで。
あんなに、たくさんデートしたのに。
ただ何となく、イブの日に電話でもできればいいかなと思っていた。