板橋 明は、自宅への帰り道を急いでいた。急ぐと言っても、時速6キロ以上は走れない。
彼に出せる全速力は常に決まっていた。
「ちっ、物足りないな。これじゃ、俺のQOL(生活の質)が低下する」
最後の曲がり角をフルスピードで曲がりきると、自分のアパートにたどり着いた。
ドアの前では鍵を落とさないように、ここは慎重になりながら扉を開けると、一人そのまま電動車いすを玄関に入れた。
さらに慎重になりながら、室内用の車いすに乗り移る。
それでようやく一息ついた。
今日は、買い物に時間がかかった上に、帰りの電車で駅員がもたついて、
予定より一本遅れた電車に乗らされてしまった。
思いっきり、どしゃべりたかったが時間が押していることもあり電車を降りると、先導しようとする駅員を振り切って、フルスピードで飛ばした。
駅構内を時速6キロで走るのは危険だろう。でも彼は、電動車いすの運転技術に自信があった。
人を引いたことはまだない。
中には人を引いてしまって何もケガがなければまだ良かったものの、アキレス腱を損傷させてしまい、治療費を請求された知り合いもいるから気をつけるに越したことはない。
部屋で一人、缶ビールをオープナーで開けると、テレビの前に陣取った。
今夜は大事な一戦。試合には何とか間に合ったが、好きなだけに事前情報を入手する時間がなくなってしまった。
でもまあ良しとしよう。サッカー観戦は、一人で集中して観たい派。
スポーツバーでワイワイ観戦する奴らの気が知れない。
90分ちょっとの試合は点の取り合いで、あっという間に終わってしまった。
体が熱くて頭が冴えていた。あとはもう寝るだけだ。スマホで今、終わったばかりの試合の感想を一通り検索してもう寝る予定だった。
今日は疲れたんだ。
でも体は疲れているのに頭は冴えていた。頭だけ冴えていると、俺の脳は何を考え出すか分からない。
気づいたときには、彼女のエリに電話していた。3回のコールでエリが出る。
「あ、エリ。俺だけど、、、会いたい」単刀直入に言う。
「え、今?何で?」
「何でって、ただ逢いたい。それだけ」俺はどこかのCMで使われたような言葉を口にした。
「何かトラブルがあったとかじゃなくて?」
「うん」
エリが想像したのは、俺が転倒とかして床で這いつくばったまま必死で助けを求めて電話している様子だろう。
確かにそういうこともあったが、二度目はないように、とくに気をつけている。
「……分かった。今から行くね」数秒の間があって、吉報が届いた。
エリの家からここまでは30分といったところだった。
遠すぎず近すぎず微妙な距離を保ったところに俺たちは住んでいる。
気合いを入れれば、すぐに呼び出せる距離だった。と言っても呼び出すのはいつも俺だが。
エリとは、ボランティアサークルで知り合った。もともと彼女がほしいという不純な動機で入った俺は、エリと恋人関係になってからサークルはすぐに辞めた。
目的達成というやつだ。
エリはまだボランティアを続けているらしいが、辞めたときには驚かれた。
「何で?誰かに嫌なこと言われた?」
そういうわけではない。俺は、障害がある者同士で群れるのが嫌いなだけだった。
最新の福祉用具や制度について情報収集できるという利点はあったが、目的を達成した俺に用は無いところだった。
だから辞めた。
このことはエリには言っていない。
言って、激怒されて別れ話でも切り出されたら困る。
仕事が忙しくなったからと適当に濁しておいた。
エリは、俺の予想通りの時間に玄関の扉を開けた。
メイクもそこそこにといったところだった。
開口一番、俺は「抱きしめて」と言った。
エリは戸惑ったような顔を見せたものの、すぐに車いすに
座っている俺を真正面から包み込んでくれた。
近くに来ればしめたものだった。
エリの耳元でささやく。
「ありがとう。好きだよ」
ゆっくり手を髪に持っていく。優しく撫でていく。
いつしか俺が抱きしめられているというより、俺がエリを抱きしめているという感じになってきた。
そしてキスをして、それは次第にディープキスに変わっていった。
そうなれば完全に俺のペースだった。
車いすの上ですべて終わらせると、最後にエリは、尻を出しながらガクガク震えていた。
「気持ちよかった?」
「……うん」
「俺も気持ちよかったよ。じゃ、もう遅いから帰ってね」
パンティーを履いてる途中のエリの頬がこわばっていくのが見てとれた。
「そのためだけに私を呼んだの?」
「お前もしたかったんだろ」
「最低」そう言うと、エリは帰っていった。
俺はエリを怒らせるところまで想定済みだったので、何とも思わなかった。むしろすっきりできて良かった。
これぞ無料のデリヘル。
これでも俺は会社勤めをしている。上場こそしていないものの、業界では中堅クラスの会社だった。
特別支援学校を卒業してから、すぐに障害者雇用で就職した。
特別支援学校の進路指導は、やたらと障害者だけ集まるところばかり推薦してきた。
俺のことを全く分かっちゃいないセンコーだった。
会社で働きたいのなら、特例子会社でいいじゃないか。受けてみろよ。と言ってきた。
特例子会社?あんなものは、障害者どもを一生閉じ込めておく場所だ。
そこでどんなに実績を積もうと、親会社にいけることもなければ出世なんてできる仕組みになっていない。
俺は進路指導の言うことを無視して、一般企業を受けまくって今の会社に就職した。
口にこそ出さなかったが、ざまあみろと思った。
仕事内容と言えば、ひたすら事務仕事。営業やプレゼンもやろうと思えばできると思うが、まだやらせてもらえていない。
そんなことより俺は、エリの代わりになる女を探していた。
女は、たくさん確保しておくに越したことはない。
結婚していない独身者の特権だ。
彼に出せる全速力は常に決まっていた。
「ちっ、物足りないな。これじゃ、俺のQOL(生活の質)が低下する」
最後の曲がり角をフルスピードで曲がりきると、自分のアパートにたどり着いた。
ドアの前では鍵を落とさないように、ここは慎重になりながら扉を開けると、一人そのまま電動車いすを玄関に入れた。
さらに慎重になりながら、室内用の車いすに乗り移る。
それでようやく一息ついた。
今日は、買い物に時間がかかった上に、帰りの電車で駅員がもたついて、
予定より一本遅れた電車に乗らされてしまった。
思いっきり、どしゃべりたかったが時間が押していることもあり電車を降りると、先導しようとする駅員を振り切って、フルスピードで飛ばした。
駅構内を時速6キロで走るのは危険だろう。でも彼は、電動車いすの運転技術に自信があった。
人を引いたことはまだない。
中には人を引いてしまって何もケガがなければまだ良かったものの、アキレス腱を損傷させてしまい、治療費を請求された知り合いもいるから気をつけるに越したことはない。
部屋で一人、缶ビールをオープナーで開けると、テレビの前に陣取った。
今夜は大事な一戦。試合には何とか間に合ったが、好きなだけに事前情報を入手する時間がなくなってしまった。
でもまあ良しとしよう。サッカー観戦は、一人で集中して観たい派。
スポーツバーでワイワイ観戦する奴らの気が知れない。
90分ちょっとの試合は点の取り合いで、あっという間に終わってしまった。
体が熱くて頭が冴えていた。あとはもう寝るだけだ。スマホで今、終わったばかりの試合の感想を一通り検索してもう寝る予定だった。
今日は疲れたんだ。
でも体は疲れているのに頭は冴えていた。頭だけ冴えていると、俺の脳は何を考え出すか分からない。
気づいたときには、彼女のエリに電話していた。3回のコールでエリが出る。
「あ、エリ。俺だけど、、、会いたい」単刀直入に言う。
「え、今?何で?」
「何でって、ただ逢いたい。それだけ」俺はどこかのCMで使われたような言葉を口にした。
「何かトラブルがあったとかじゃなくて?」
「うん」
エリが想像したのは、俺が転倒とかして床で這いつくばったまま必死で助けを求めて電話している様子だろう。
確かにそういうこともあったが、二度目はないように、とくに気をつけている。
「……分かった。今から行くね」数秒の間があって、吉報が届いた。
エリの家からここまでは30分といったところだった。
遠すぎず近すぎず微妙な距離を保ったところに俺たちは住んでいる。
気合いを入れれば、すぐに呼び出せる距離だった。と言っても呼び出すのはいつも俺だが。
エリとは、ボランティアサークルで知り合った。もともと彼女がほしいという不純な動機で入った俺は、エリと恋人関係になってからサークルはすぐに辞めた。
目的達成というやつだ。
エリはまだボランティアを続けているらしいが、辞めたときには驚かれた。
「何で?誰かに嫌なこと言われた?」
そういうわけではない。俺は、障害がある者同士で群れるのが嫌いなだけだった。
最新の福祉用具や制度について情報収集できるという利点はあったが、目的を達成した俺に用は無いところだった。
だから辞めた。
このことはエリには言っていない。
言って、激怒されて別れ話でも切り出されたら困る。
仕事が忙しくなったからと適当に濁しておいた。
エリは、俺の予想通りの時間に玄関の扉を開けた。
メイクもそこそこにといったところだった。
開口一番、俺は「抱きしめて」と言った。
エリは戸惑ったような顔を見せたものの、すぐに車いすに
座っている俺を真正面から包み込んでくれた。
近くに来ればしめたものだった。
エリの耳元でささやく。
「ありがとう。好きだよ」
ゆっくり手を髪に持っていく。優しく撫でていく。
いつしか俺が抱きしめられているというより、俺がエリを抱きしめているという感じになってきた。
そしてキスをして、それは次第にディープキスに変わっていった。
そうなれば完全に俺のペースだった。
車いすの上ですべて終わらせると、最後にエリは、尻を出しながらガクガク震えていた。
「気持ちよかった?」
「……うん」
「俺も気持ちよかったよ。じゃ、もう遅いから帰ってね」
パンティーを履いてる途中のエリの頬がこわばっていくのが見てとれた。
「そのためだけに私を呼んだの?」
「お前もしたかったんだろ」
「最低」そう言うと、エリは帰っていった。
俺はエリを怒らせるところまで想定済みだったので、何とも思わなかった。むしろすっきりできて良かった。
これぞ無料のデリヘル。
これでも俺は会社勤めをしている。上場こそしていないものの、業界では中堅クラスの会社だった。
特別支援学校を卒業してから、すぐに障害者雇用で就職した。
特別支援学校の進路指導は、やたらと障害者だけ集まるところばかり推薦してきた。
俺のことを全く分かっちゃいないセンコーだった。
会社で働きたいのなら、特例子会社でいいじゃないか。受けてみろよ。と言ってきた。
特例子会社?あんなものは、障害者どもを一生閉じ込めておく場所だ。
そこでどんなに実績を積もうと、親会社にいけることもなければ出世なんてできる仕組みになっていない。
俺は進路指導の言うことを無視して、一般企業を受けまくって今の会社に就職した。
口にこそ出さなかったが、ざまあみろと思った。
仕事内容と言えば、ひたすら事務仕事。営業やプレゼンもやろうと思えばできると思うが、まだやらせてもらえていない。
そんなことより俺は、エリの代わりになる女を探していた。
女は、たくさん確保しておくに越したことはない。
結婚していない独身者の特権だ。
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